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丘のうえのハウゼン博士 その1

坂道を駆け上がると、そこには屋根のうえの風見鶏が特徴的な洋館がある。

くすんだオレンジ色に塗られた屋根と、白い漆喰の壁。

重い木目調の扉をひくとカランコロンとドアベルが鳴るのだ。

「ハウゼン博士ー、来たよー」
わたしは学校帰り制服のまま、自転車に乗りこの洋館に来るのが日課になっていた。

「おお、藍美かよう来たね」
日本に来日してもう20年になるハウゼン博士は、流暢な日本語を使ってわたしを迎え入れてくれる。

なかにはいると、高い天井にシーリングファンが回っている。あたりには風が吹き抜けていて気持ちがいい。玄関先には年季のはいった調度品がいくつも並べられ奥には大きな20畳ほどのリビングが広がっていた。

ハウゼン博士はわたしをリビングのソファへと誘導すると、

「お茶を入れてくるから待っててね」とキッチンの奥へと消えていった。

わたしがハウゼン博士と出逢ったのは、いまから5年まえのこと。

当時わたしはまだ中学生で、
学区の端っこにある中学校に通っていた。
というのも、わたしの親は転勤族で会社の都合といっては2.3年に一回各地を転々としていた。

母親は
「藍美が転校ばかりでかわいそうだから、単身赴任でもいいんじゃないの?」と言っていたけれど

父親は
「いや、こんな時代だからこそ家族は一緒にいるべきだ!」と言ってその結果、わたしは全国各地を転々とすることとなった。

そんなときのことだ。

突然父親が倒れ、しばらく働けないこととなってしまった。
原因は過労。あとから知ったことだけれど、父親は会社の上司に認められようと必死になって仕事をしていたらしい。

しかし、体調を崩して向こう1年は働けないと医師に告げられた。わたしの転校生活はあっけなく終わりを告げた。

そんなときのことだ。
わたしは学校の帰り道、たまたまこの風見鶏の立つ古い洋館を遠目に見つけた。

燻んだオレンジの屋根と白い漆喰の壁。
まるで映画に出てくる建物のようだと、気づいたら建物の前まで歩いてきていた。

しばらくじっとその建物を眺めていると
中から50代くらいの白髪まじりの男性が出てきて、眼鏡越しに「どうされましたか?」と尋ねてきてくれた。

眼鏡越しの瞳は青く、わたしは初めて外国のひとと話すこととなった。

「あ…えっと、この建物がとても素敵だったので思わず見惚れてしまいました」としどろもどろに伝えると、おかしそうにその男性は大きく笑って

「お嬢さんは素直なひとだなぁ。いや、実にいい。どうですか?わたしの妻も居ますが、なかにも入ってみますか?」と言った。

「突然ご迷惑じゃないですか?」そう伝えると

「いえ、妻もわたしもあまり人と喋ってなくて退屈していたのです。良かったら中に入ってください」と招き入れられた。

それがハウゼン博士との出逢いだった。


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