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実はウチの犬、ちょっとだけ話す。 第一話「ケロケロピエール二世」

 実はウチの犬、ちょっとだけ話す。名前はタマ。タマなんて猫の名前じゃないかと思うけど、先代ペットの猫のタマが死んで悲しんでいた爺ちゃんがつけたから仕方がない。タマはオスで今年の十月に十歳になる。それで俺は飼い主のタケル。十六歳で徳島市内の公立高校の二年生だ。徳島ってどこか知っている?讃岐うどんで有名な、四国の香川県の下にある県だって言えば大抵の人は分かる。
「おい、また俺を置いていくのか」
「仕方ないだろ、まだこの時間は暑いぞ。蒸し蒸ししているし」
 出掛けようとしたら毛繕いをしていたタマに声をかけられた。見ると寝転がったまま目を三角にしてこちらを見ている。
「じゃあコンビニでからあげ買ってきて」
「人間の食べ物は塩気があるから駄目だよ」
 そう言うとタマはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。あの様子では帰ってからも無視されるのだろう。ため息をついた俺はちゃんと鍵が閉まっているか確認してから家を出た。この辺は徳島駅からそう離れていないので、歩きでも大抵の用事は済ませられる。
 行きつけのコンビニでからあげとペットボトルの緑茶を買うと、少し離れたところにある公園へ向かった。さっきまで雨が降っていたからベンチが濡れていて座れないけど、最近はイートインで食べると税率が上がってしまうからね。公園に着くと隣の市役所から出てきた職員がたくさん歩いていた。五時を過ぎたところだ。
「すみません、ちょっといいですか」
 この公園には大きなタイワンフウの木が何本も生えていて、新緑と紅葉の季節は特に綺麗だ。風にそよぐ緑の葉っぱを見ながら楊枝に刺したからあげを食べていたら、声をかけられて振り向いた。

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「君はもしかして、安藤健くんかな」
「……はあ」
「私は怪しい者ではないんだ。と言われても怪しむと思うけど、知り合いに会いに来たんだ」
「知り合い?」
「名前はケロケロピエール二世といって、犬だよ。十年前から君のところで厄介になっている彼だ」
「ウチの犬のことですか? あいつはタマっていう名前ですけど」
 そう答えると初老の男性はため息をついた。彼はぱりっと糊のきいた白のYシャツを着てグレーのスラックスを穿き、夏物のジャケットを腕に掛けていた。老眼鏡の向こうの目は優しそうだけれど、どう考えても変な人だ。
「そうか、今はタマというんだね。実は私たちが知り合いだったのは前世で、しかも別の並行世界でのことだったんだけど」
「すみません、ちょっと俺、急ぎの用があるんで」
 俺はそう嘘をついて話を遮ると、走って逃げた。

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