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実はウチの犬、ちょっとだけ話す。 第五話「アイスクリーム」

 二、三日前から徳島市内でもセミが鳴き始めた。このところ雨続きだったが今日は珍しく晴れている。駅前へ行ったら俺と同年代の少年少女で溢れかえっていたけど、このご時世、人がたくさん居過ぎると怖いからすぐに帰ってきた。
「アイス。アイスクリームは買ってこなかったのか」
 リビングにある専用ベッドでくつろいでいるタマが不満そうに言うのに、首を横に振るとため息をつかれた。そもそも、お前はアイスなんか食べちゃダメだろう。

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 徳島の日差しは、首都圏に比べると格段に眩しい。ちゃんと日焼け止めを塗っていても、いつのまにかうっすら小麦色になっているくらいで本当は日傘をさした方がいいのだろう。最近は「日傘男子」なんかも流行っているしね。メンズの日傘もだんだん種類が増えてきたし、地方でも通販で簡単に手に入るから買ってみてもいいかもしれない。
「ああ、こんな日には冷たくて甘〜いアイスが食べたい」
「まだ言ってるのか。甘いのなんか食べていたら犬は人間よりもずっと早く生活習慣病に……」
「うるさい。まるで俺のお母さんみたいだな」
「お前、お母さんのこと覚えているのか」
 しつこくねだるのを注意したらタマは鼻面にしわを寄せて小さく唸った。彼はペットショップではなくてブリーダーさんのところで買ったから、生後三ヶ月までは母犬ときょうだい犬と一緒に居た。
「覚えてるわけないだろ。言ってみただけだよ」
 やっぱり。母犬の方も数日から一週間くらいで引き離された子犬のことを忘れてしまうそうだから、犬の親子関係ってあっさりしている。
「ところでセミがうるさいなあ」
「そうか?」
「お前、俺よりもずっと耳がいいのに……」
「ああ、あんまりうるさいから意識しないようにしてるんだよ」
 確かに、ずーっと騒音に集中していたらもたないだろう。人間だっていつのまにか気にならなくなるしね。
「おうい、タマ。アイス買ってきたぞ」
 玄関から爺ちゃんの声がして、タマは俺が止めるよりも早くすっ飛んで行った。

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