Agnus Dei モーツァルト戴冠ミサ
https://youtu.be/hXwoYoeZ8Sg
2019年にザルツブルク音楽祭に東京の合唱団の一員として出たことは、有料記事に書いた。
その時歌ったモーツァルトの戴冠ミサの中のAgnus Deiが、何故か最近心の中でリピートされて仕方がないのでいつも聞いてます。
少しピアノでも弾いてみようとしたり。
私は宗教が好きです。
お金とか結婚とか立派なお家とか肩書きとか役職とかそういう形を求め無ければならないと思っていた時もあった
でも、形を手に入れても、空っぽだったことも沢山あった
心が安らいでいて幸せだったりすることがなければ、お金などは持ってても仕方がないんだと大人になってわかった
どんな心のありようでいたらいいのか
どんな風に歩んでいったら良いのか
それを知れるのは
目に見えないものに対して
尊敬したり畏敬の念を持ったり
感謝するこころ
修行したりとか、学習したりして
自分を見つめたり、高めたり、正したり、反省したりすることを教えてくれる
宗教なんじゃないかなぁって
思うようになりました
一時は、心理学や研究結果とかが素晴らしいと思っていたけど
今は、ありとあらゆる研究や学術とかとは、全く別の場所、別格の場所に、宗教がある気がしています
宗教の腐敗を、時々指摘され非難をされてるけど、それは運営してる組織の人間の腐敗であって
教義の純粋な部分は何百年も変わらないし変わってしまうはずがないと思います
写真は、私が撮りました
教会のバックルームの、僧侶が着る服の下に着る白衣です
私の白衣と全く同じ光景でした
驚き嬉しくて写真撮りました
宗教の中に生まれて幼い頃は辛かった
みんなみたいに自分や、自分の家族を優先する事ができないからです
誰に対しても同じく大切にしなければならないからです
でも、いつも宗教の内側に居られる事が今は幸せなんです
自分が手に入れたいと思って追いかけていたものは、
経済とか、物を売らなければならない事情の集まりが作った怪物に見せられていた幻想でした。
提案された、「素敵な商品」や「素敵な生き方」を追いかけることの中には、安らぎを見つけることが出来ませんでした。
今私がやりたいことはなんとなく言葉にするのが難しいのだけど
私がやりたいと思うこと、喜びを感じることが、なんとなくはっきりしてきました。
やりたく無くてもやらなきゃならないことが沢山あるけど
本当に嬉しいと感じることが、芽を出してきてくれたように感じて嬉しいです
心の中に、綺麗な水がたっぷり注がれたみたいに
栄養が補給されたような感覚です
体は疲労でヘトヘトだけど
精神は前みたいに絶望してないんです
ありがとうございます!宜しければサポートをお願いします。現在進行中のカウンセリングや勉強で癒された方法や考え方、全てにおいて劣っている私が、好きな事を楽しんだり収益化する挑戦。うまく行った方法や経験談をシェアします。挑戦が続けられ、ほんの少しでも誰かを楽に出来ます様に。