見出し画像

最も弱くて強い彼女

世界が爆発するとしたら、君は何する?どう思う?そういう彼女の横顔はどこか儚げででも夢に満ちていた。僕は、どっかの在り来りな映画にあるような言葉を言ってかっこつけようとしたが、言ったら彼女に大笑いされた。だから真面目に考えて、貯金を全部使い果たすと言うと彼女は、あなたに貯金なんてないじゃないとまた大きく笑った。確かにと僕も笑った。笑ったのに涙が止まらないのは何故なんだろう。きっと。

僕と彼女の出会いは平凡だった。演劇サークルだったがいわゆる飲みサーとやらになっていたサークルに入っていた僕と彼女は新歓で出会った。人目見た時は気の強そうな女だなと思った。目尻はキリッと上がっていて真っ赤なリップが映える顔立ちをしていた。

なんでこのサークルに入ったの?と尋ねてきたのも彼女からだった。僕は友達を作る気はなかったので冷たい声で、大学生活満喫してるように見えるからだよと言い放った。本当は役者になる夢があったからだがこんなところで本気で夢を語られても困るだろうと思いというか、今日初めてあった人に自分の夢をズカズカ語るような人間ではないので言うのをやめた。

彼女は、同期ということもあって何かと絡んできた。彼女になぜこのサークルに入ったのかと聞くと劇に出たい。と間髪入れずに答えた。

すると彼女は勝手に話し始めた。私はね強い女の子が好きなの。でも現実じゃ全く強くない。カシオレ1杯で酔っちゃうし、いまだにママに怒られると泣いちゃうし、大きな蜘蛛が出たら腰を抜かしちゃうの。でも劇の女の子はだいたい強いじゃない。生ビールを平気で3杯は飲むし、両親に反抗して家を出るし、怪獣と友達にだってなれる。それってとっても素敵じゃない?なりたいものになれちゃうんだよ。このサークル飲みサーになってるけど本格始動したら私の思い描く演劇サークルになると思うの。僕は心の中でずっと賛同と否定を繰り返してた。確かになれないものになれるのが役者で素晴らしいものだ。でもこのサークルではその体験は得られない。なぜならここにいる先輩たちはどう芝居をすることではなくてどう打ち上げをするかだけしか考えていない。そんなサークルで芝居の快感など得られるものか。僕は彼女にそういった念を込めて目を見つめた。彼女はキョトンとしていた。

サークルに入って3ヶ月がたち、半数の役者志望たちが消えていってあとは飲みと麻雀したさに集まってくる人達と彼女と僕だけになっていた。僕も辞めようかとしたら彼女から辞めないでと言われてやめられなかった。そこそこ可愛かったからだ。こんな状況でも男は男なんだなと思い心の中で笑った。そんな彼女の可愛さに免じてサークルに入っているのだが彼女の言った通り劇を彼女と僕で作った方がいいのではないかと思い始めてきた。

はじめは人と馴れ合う気もさらさらなかったが、毎日毎日のように話しかけてくる彼女を見ていると心苦しくなって話すようになっていた。今では小ボケを入れたりツッこんだりする仲だった。だんだん心苦しいから話すのではなく楽しいから話すようになっていった。

彼女は初めて話した通りやはり強くはなかった。僕たちの通っている大学には旧校舎がある。旧校舎は古くてボロくて幽霊が出るという噂でもちきりだった。馬鹿な大学生たちが夜中にドライブで旧校舎まで行き、肝試しをするのが当たり前になっていた。そんな旧校舎は実験などに使用されていて、人に害の出る薬品が使われる実験の際は旧校舎で行われていた。彼女は理系だったため実験で旧校舎を使う日があった。その日彼女僕に連絡をいれて一緒に実験の授業を受けて欲しいと言った。僕は旧校舎が怖い訳では無いが、文系なのに実験する意味もないと思い断ったら涙目になって彼女はカラオケフリータイム奢ると言った。僕は1番高いカラオケ屋だったらいいよと言い渋々一緒に行くことにした。

当日彼女は2泊3日でもキャンプするのかというくらいの大荷物できた。中身を聞くと懐中電灯や塩やカンパンやろうそくなど災難用リュックサックの中身だった。僕は思わず笑ってしまったが、彼女はそんなこと気にもとめず、ガタガタ震えながら旧校舎へと向かっていった。その時は物音ひとつにも悲鳴をあげて虫が出ようもんなら泣いていた。そして実験が終わり旧校舎から出た途端緊張感から解放されてまた泣き始めた。僕はそれをただなだめることしか出来なかった。

実験が終わった1週間後の日曜日彼女から連絡が来た。彼女も僕も頻繁に連絡を取り合う仲ではないので会って話す方が多いのではじめは驚いたが、内容を確認すると、カラオケフリータイムのお誘いだった。そういえば約束していたなと思い二つ返事で承諾した。

彼女は、僕を見るなり、この間は本当にありがとう君がいてくれなかったら恐怖のあまりに倒れてたよ。私が実験されるところだったよ。もう本当に旧校舎怖すぎ。あんなんたとえ実験だけだとしても使わない方がいいと思わない?皆怖がってるんだよあ、皆って言っても私友達少ないからデータとしては綺麗に撮れてないかも。まいっか。と弾丸のように言葉の銃弾を放ってきた。僕はただ頷くことしか出来ず、結局歌えたのはカラオケの個室に入ってからに時間が経った時だった。

彼女とカラオケに行ったのは初めてでそもそも異性とカラオケに行ったのも初めてだった。だから僕は何を歌っていいのか分からなかった。僕は普段日本語ラップをよく聞くが、この間美容院で見た雑誌に日本語ラップをカラオケで歌うと嫌われると書かれて歌から辞めた。でも結局何を歌えばいいのか分からず彼女に選曲してもらって分からないのは想像で歌うという遊びになっていた。僕が全力で想像で歌いきった後笑って彼女はこうやって歌うんだよと言ってお手本を歌ってくれた。彼女の歌声は清水のように清らかで儚げだった。

とても盛り上がり、カラオケから出たあと居酒屋へ行こうという話になった。彼女はもちろんノンアルを飲んでいた。でもアルコールが入っているかのように美味しそうに飲んでいた。僕はアルコールの入った瓶ビールを頼んだはずなのに彼女の方が瓶ビールを飲んでいるようでパッとしなかった。この時僕は彼女に演技の才能があることと僕には演技の才能がないことに気づいてしまった。どれだけ瓶ビールを美味しそうに飲んでも、彼女の烏龍茶には勝てなかった。そんな時彼女は僕にまた同じ質問をした。どうして演劇サークルに入ったの?これで大学生活満喫してるように見えてるの?僕は、弱かった。また嘘を重ねた。実は演劇の裏方をやってみたくてね。そういうと彼女はパッと目を見開いてそれって運命じゃんと言った。私は、演者になりたくて君は裏方志望これは運命だよ。やっぱり今の演劇サークルを建て直してちゃんと演劇するようにしようよ。と彼女は言った。僕は大賛成でもあるし大反対でもあった。演者になれなかった自分が演劇サークルを立て直すだなんておこがましいし何より恥だ。でも彼女がまた必殺上目遣いを使ってきたから承諾してしまった。なんて弱いんだ。

その日家に帰って初めて、初めて彼女と外で遊んだことに気づき嬉しくなった。普段焚かないお香を焚いたりして、バスソルトをいれて入浴したりもした。その日をいい思い出で埋めつくしたかった。この頃から気づいていたが僕は彼女に恋をしていた。彼女の無邪気な笑い声のおかげで僕の演技力のなさは吹き飛んだし、彼女の畳み掛けるような喋り方で僕は無口でも楽しい時間を過ごせた。彼女は弱いと自分のことを卑下していたが僕の方が弱いことなど知っていた。彼女には夢を語れる強さがある。僕には存在しない。そんな弱くてでも強い彼女に惚れたんだと思う。

1回目に遊んだ僕たちは互いが惹かれ合うように2回目もすぐに遊びに行った。今回は、彼女のご要望で駄菓子屋巡りをしたいということだった。色んなところに行って小さな駄菓子屋を見つけ少しづつ買っていった。ヨーグレットにサワーペーパー、どんどん太郎に、梅ジャムせんべい。彼女から言い出したのもあり、彼女の方が積極的に駄菓子を食べていた。それも美味しそうに。1個の小さなフエラムネが豪華なステーキをも感じさせる彼女のリアクションに僕はまた一段と惚れた。ココアシガレットを手に取り煙草を吸う真似をしてる彼女を見て面白いと思い僕もかじってみた。それはスースーしてミントがきつくて、美味しくなかった。それを彼女に伝えると彼女は笑って、子供だね。と言った。確かに子供かもしれない。好きな相手を前にして好きのに文字も言えないだなんて。2回遊んだらただの友達のままって聞いたことあるし、告白するなら今日しかない。そう思った。僕はココアシガレットをくわえたまま、同じくココアシガレットをくわえてる彼女を見て、好きです。付き合ってください。と言った。彼女は驚かずむしろ遅いねと言わんばかりに笑ってこちらこそよろしくお願いします。と言った。僕たちは、シガレットキスをするかのようにココアシガレットキスをした。彼女との恋の味はミントだった。

僕と彼女は2人ともアウトドアであったためデートは色々な所へ行った。海に行って2人で貝殻を集めた日もあった。その貝殻を家で写真立てに貼り付けてデコったりもした。一日で三本映画を映画館で見た日もあった。後半彼女は泣きすぎて頭が痛いと文句を言っていたのだけれど、それはそれで可愛かった。カートに入り切らないくらいの買い物をした日もあった。もちろん荷物持ち係は僕だった。演劇を見に行った日もあった。そして演劇サークルを立て直すことを2人で心の底から誓い合った。

演劇サークルを立て直すと誓い合った日僕達は演劇サークル唯一劇を定期的に1人で開いてる先輩と飲んだ。安藤先輩と言って、見た目は売れないホストのような見た目だけど中身は誰よりも芯があって演劇に真っ直ぐな頼れる先輩だった。僕と彼女が演劇サークルを立て直すと言うととても嬉しそうにし、俺も参加する。と快く演劇サークル立て直し計画に賛同してくれた。その日のお酒は美味しくてこんな僕でも彼女の烏龍茶のリアクションの半分くらいは上手く魅せれた。安藤先輩は芋焼酎を飲み、美味しそうというよりかは貫禄のある飲み方だった。

安藤先輩と僕と彼女で演劇サークル立て直しを行った。主に行ったのは三つ。一つは、部員の確保。本気で演劇をしたい人を探して一日中歩き回った。その時に彼女はポカリスエットよりアクエリアス派だと知った。夏だったため暑く、彼女僕は新しい部員探しに行く時ダラダラと汗をかいていた。そんな時に彼女にポカリスエットを渡すと少し不満そうな顔をしてアクエリアスの方が良かったんだけどな。と呟いた。変わらないだろと言うと彼女は怒ったように見せて、私はアクエリアスの無駄な甘みがないところが好きなの。これはわがままじゃなくてこだわりなんだからねと言った。僕は笑って分かった分かった。次の部員を探しに行こう。とあしらった。

部員集めで集まったのは合計三人。一人は、安藤先輩の知り合いで女優を目指している先輩だった。女優を目指してると言っただけあって、背筋がピンとしてハキハキ物事を言う先輩だった。後にその先輩と安藤先輩は付き合うのだが今はその話はやめておこう。彼女と僕の物語なのだから。もう1人は今年で4年生つまり卒業してしまう先輩だった。元々は演劇サークルに入っていたが全く演劇をやらないということで辞めてしまった先輩だった。身長は二メートル近くあり、声が大きい男子バスケットボール選手にいそうな体型をしていた。最後は僕らと同期のパッとしない男だった。僕としては男の部員が増えると彼女を狙う人が出てくるのではないかと思って正直入れたくなかったが、彼女が好き嫌いで分けてたら永遠に部員なんか入らないし、私は君以外の男の子を好きになるつもりは無いよと言ってくれたので、渋々一緒にやっていくことにした。その子の名前は奏と言った。

二つ目に行ったのは部室を演劇サークルっぽくすることだった。安藤先輩の力を使って、既存の先輩方に重い腰をあげて貰って部室内に小道具や大道具を置き、大きな杯を撤去した。これで部室を見ただけの人は演劇サークルとしての役割をなってると思うような外観にした。ちなみにこの撤去した大きな杯は今の4年生が昔の4年生から引き継いで昔の4年生はその昔の4年生から引き継いでいった伝統的なものらしい。それを捨てるなんてと小言を先輩方から言われたが、あんなでかい杯がある限り飲みサーの汚名は返上できないと思い、スパッと捨てた。これを無くすことで新しく入ってきた新入部員も、これから入ってくる部員も飲みサーであることには気づかないだろう。彼女と僕は、二人で喜びを噛み締めあった。

三つ目やったことが一番大きなものだった。それは劇をすることだった。既存の部員にも劇をやらないかと声をかけて、学校にも劇やりますと言った内容のポスターを貼った。でも実際どの劇をやるか決めてないし練習に来たのはほんのひと握りにしか過ぎなかった。彼女は、だいたいさ演劇サークル入ったならお酒を飲む以外にもやる事あるって話だよ。ほんとに。裏方でもいいからやりたかったって心の底から思ってた人は一人もいないのかね。っていうか、君って裏方志望でしょ。なんの劇やるか決まってないじゃん。書いてみてよ。と無茶振りをふってきた。僕は慌てて書いたことないし書けないよと言ったが、こうなると彼女のブレーキは止まらなかった。書いてみないと分からないじゃん。私はかけると思うなあ。君って面白いし感性豊かだし言葉遣いが絶妙だし。それにそんなんも書けなかったら私と付き合ってないようなもんだよ。と言った。僕はその言葉にまんまと引っかかり、火がついてしまった。

その日から僕は滅多に向かわなかった机に向かい、劇の内容を考えていた。その時の僕は、みんなに受けるつまり万人受けするような劇ではなくて、彼女だけに刺さるような劇を考えていた。彼女の好きなものを片っ端から並べて、一つ一つ吟味してこれは劇に活かせるか考えた。そんなこんなで出来上がった僕の処女作は、一丁の豆腐から始まるヘンテコな恋愛物語だった。ところどころ彼女と僕の思い出を添えて豆腐をキーにしながら繊細に物語を書いた。最後のセリフは、冷奴にしても豆腐ステーキにしても美味しいよね。という摩訶不思議な終わり方だった。

彼女の僕の処女作を見せると嬉しそうにして読んだ。時に声を潜めながら笑ってくれた。ジャンルはコメディとラブストーリーだから笑ってくれるのは声を立てて笑ってくれていいのにと思いながら、彼女が読み終えるのをドキドキしながら待った。読み終えたあと彼女は10秒以上頭を抱えて下を向いた。僕はダメだったと思い苦言を言われるのを待った。10秒以上かかったあと彼女は顔を上げてとびきりの笑顔で私この主人公の彼女役やる。と言った。処女作がボツにならずに済んだ喜びよりも、僕も劇に出たい。主人公役をやりたいと言いたかったが、彼女には裏方志望と言ってしまってるのを思い出して辞めた。期待に満ちた彼女の心と裏腹に僕の心は曇っていくばかりだった。本当は僕も役者志望なのに、あの時ついた些細なでも大きな嘘で、取り返しのつかないことになっていた。

その日から彼女と僕と安藤先輩とで劇の主人公役を探すことになった。最初は安藤先輩にでもやらせればいいかと思っていたが、安藤先輩に台本を見せると、一番笑いをかっさらっていくセリフの多い豆腐屋のおじさん役がいいと言って聞かなかったので、違う人を探さなくてはならなかった。新しく入った先輩や奏に台本を見せたら、まだ先輩はいい反応を見せたが、彼女との身長の差が劇の雰囲気と合わないと思い断ってしまった。それにその先輩は彼女がいないのでこれを機にして彼女を狙われたら困ると思ったので僕的には嬉しかった。主人公役を探してサークル内で見た目が合う人を三人見つけたその中から一番声のでかい仙花くんに決定した。

他の登場人物は割と早く決まって、初めての稽古がスタートした。仙花くんはやはり声が通っていて、役者志望かと思うほどだった。でも毎回稽古終わりは必ず飲みに参加しているので飲みサー目当てだった。仙花くんと僕は良き友となった。なぜなら、彼とは好みの音楽が一緒で日本語ラップをこよなく愛している者だった。仙花くんとカラオケに行くと、いつかの雑誌に載っていた日本語ラップをカラオケで歌うなという絶対的な掟を破ることが出来た。二人で馬鹿みたいにのれてるのかのれてないのか分からない踊りを踊りながらリリックを刻んでいった。ある日仙花くんの恋人の話になった。仙花くんに恋人がいるのは知ってるけど、どんな人かとかは知らなかったので、聞いた時は驚いたが、男の人だったのだ。仙花くんは性的指向が男が好きであるらしく、男の人と付き合っていた。仙花くんはこの話をするのはとても緊張したようで、話してる時から汗が止まっていなかった。僕は話してくれてありがとうといい恋人の話を聞いた。すると仙花くんの彼氏と僕の彼女は似た点が多かった。アウトドア派であること。ポカリよりアクエリアスの方が好きであること。冷奴だけで酔った気分になれるほどお酒が弱いこと。強い人に憧れているということ。仙花くんの彼氏の話を聞いてると自分の彼女を思い出すようでその日仙花くんと別れた直ぐに彼女に電話した。

プルルルルルル

もしもし。あ、うん。急にごめんね。特に意味は無い通話になっちゃうんだけど、どうしてもいや何となく声が聞きたくて。え。よそよそしいって。だって電話なんてほとんどしたことないじゃん。君も僕も会って話すのが好きだろ。だって会わないと分からないことっていっぱいあるじゃんか。笑顔なのか怒ってるのかとか酔ってるのか酔ってないのとか。そう。発泡酒とその他雑酒とか(笑)クリープハイプはやっぱりいいよね。うん。知ってるよ。ライブいつか行くんだもんね。分かってるって。夢じゃなくて現実にすべきこと1位でしょ。クリープハイプのライブに行くのは俺と本当に行くんだよ。これは僕が守ってみせる約束だからね。うん。明日も稽古だね。君の演技も演技じゃないところも全部ひっくるめて好きだよ。えー信じられないって言われてもこれ以上の褒め言葉はないよ(笑)好きだよ。うん。そろそろ寝るの。分かった。おやすみ。好きだよ

プルルルルルル

次の日予定通り彼女と演劇サークルのみんなと稽古をした。最近気がかりがひとつある。彼女のクマが酷いことだ。昨日の電話もそこまで遅くしなかったし、何より彼女は実家暮らしだから、そこまで酷い夜更かしはできないはずだ。なのにクマが酷い。心做しか肌も荒れてるように見える。でもなにか聞いちゃいけないようで聞けなかった。

学祭の季節が近づいてきて、僕達が立て直した演技サークルは学祭で稽古の成果を見せることになった。そこそこ有名な大学だったため、色んな人が集まる学祭。そんなとこで僕は劇を演じる予定で入学した。なのに僕の役割は裏で光を左右させる役割だった。袖から見る彼女は美しかった。そこそこウケていたし、ラストシーンの歓声も凄かった。演劇サークルでは満足のいった公演となっただろうだけど僕の中では、裏方とでしか出れなかった悔しさが残った結果となった。

学祭で疲れたのか、僕は学祭が終わって数日間熱で寝込んだ。熱とは凄いもので、なんでもネガティブにさせてくれる。僕は究極にネガティブになった状態で、彼女のことを考えた。僕と彼女は真反対と言っていいほど、似てなんかないし仮に似てたとしても、ナタデココが嫌いと言ったそう単純なところだけだろう。でも、彼女は最近おかしい。目元はクマだらけだし、会話してても鬱らな表情しか見せない。学祭で激を演じた彼女はたしかに美しかった。でも、どこか迷いがあるようで、初めて話した感じの強い女の子になりたいと思ってる思いが感じられなかった。守りたい人から守られたい人に変わったようだった。だからといって、彼女が僕を捨てるまでは僕は彼女を好きでいつづけるし、捨てられたとしても好きという気持ちは変わらず残っているだろう。でも、やっぱり最近の彼女の様子と僕と彼女の間にある深い谷のような間が気になる。僕は役者になるのが恥ずかしいと思って嘘をついた小心者で彼女は自ら周りに言える勇気を持つ強い女の子に憧れている自称弱い女の子なのだ。勇気のない僕と勇気のある彼女が釣り合うかなんて分からない。ただ、漠然と不安と熱だけが上がった。

熱が下がってトローチもいらなくなった頃ぼっくは、学校へ久しぶりに行った。すると彼女はいなかった。いつも大学に入り浸ってる彼女がいないのは珍しいことで彼女も僕と同じように熱でも出したのかと思い、携帯を出したところにちょうど安藤先輩がやってきた。すると、彼女に会えなくて寂しいな。と言われた。どういうことかと聞き返すと、こう答えた。知らないのか彼女母が倒れて休学届を出したんだぞ。僕は何も知らなかった。そんなことより彼女にそこまで頼られてなかったことが悲しかった。とにかく彼女に電話することにした。

もしもし。あーうん。休学するんだってね。安藤先輩から聞いたよ。お母さんでしょ。大丈夫なの。最近クマとか酷いなって思ってたから納得がいくよ。あ、うんじゃあね。

前とは違って素っ気ない終わり方だった。それに悲しみを覚えていると、安藤先輩が察したのか、仕方ない母が倒れたら誰でもなんにも手がつかなくなるだろう。と言って励ましてくれた。それでも元気の出ない僕を見ると安藤先輩は仕方ないなにか奢ってやるよ。と言ってラーメン屋に連れてかれた。ラーメンなんて好きじゃないのにお腹がはち切れるほど食べた。替え玉まで頼んで、会計の時安藤先輩は頭を抱えていた。失恋すると暴飲暴食すると言うけれど、失恋ではなくただ彼女が素っ気ないだけで暴飲暴食をしてしまう僕は彼女と別れたら何をしでかすか分からなかった。もしかすると自殺するかもしれない。それか誰か無差別に刺すかもしれない。そう考えると自分サイコパスなのではないかと感じて、健全なこの世界に放たれてるのが恐ろしくなった。

彼女が休学して1週間がたった。それと同時に彼女へ送ったメッセージの返信が来なくなった期間も一週間を迎えた。未読のままのメッセージが不安で何度も何度も電話をかけようか迷ったが、1週間前のように素っ気ない終わり方をされてしまったら、胃に悪いし、彼女も忙しいのだと飲みこんで辞めた。そんな僕は当然元気なんかなく、元気を出させてくれようとした安藤先輩と奏には迷惑をかけた。

安藤先輩にはご飯を沢山奢ってもらった。普段から沢山たべる性分では無い僕が、彼女と連絡がつかなくなって馬鹿みたいに食べるようになった。彼女との思い出を食べるかのように白メシを食らった。安藤先輩はそんな僕を見て止めもせず、励ましもせずただ月のように見守ってくれた。

奏はカラオケへ誘ってくれたり、彼氏と起こった面白エピソードを聞かせてくれた。僕には効果がなかった。何を聞いても面白いと思わなかったし、カラオケへ行っても楽しくなかった。奏はそんな僕を心配してくれた。

そんな廃人と化した僕は、深夜の2時に大学の周りを徘徊するのがお決まりになっていった。彼女がいなければ当然演劇サークルを動かすこともできないし、劇をしている美しい彼女を見ることも出来ないわけで、僕にとっては致命傷だった。

ある日、いつものように大学を深夜二時にうろついていると彼女らしき人が見えた。僕は急いで走って、彼女の元へ行って声をかけようとした時、彼女はキスをしていた。女の子と。どういうこと。思わず漏れ出た声で彼女が振り返った。そして驚いたような顔をしてでも覚悟を決めた顔になった。するとこう言った。ごめんね。私このこと真剣にお付き合いしてるの。君のことも真剣に好きだったよでも、君と付き合っているうちにこの子と出会って話してるうちに守ってあげたくなったんだよね。こんなに弱い私が誰かを守りたくなるのって初めてのことで、このチャンスにすがりたくて、付き合うことにしたの。嘘をついててごめんなさい。そして私と別れてください。

僕は意識を失ったかのように倒れ込んだ。僕は彼女をとる人は男ばかりだと思い込んでいた。女の子も彼女の魅力に気づくということに気づけなかった。僕は泣いている彼女を見て赤裸々に言葉をぶつけた。なんなんだよ。嘘ついて心配させて不安にさせたかと思ったら女の子と付き合ったのか。なんで泣いてるんだよ泣きたいのはこっちだよ。僕は本気で君を好きだったんだ結婚まで考えていたよ。なんなら新婚旅行の場所とか、子供の名前まで考えている。この幸せを壊すんだな。もういいよ世界なんて壊れちまえ。言い終わったあと僕は息がゼーハーゼーハーしてて泣いていた。彼女も彼女の彼女も泣いていた。

少しして僕は落ち着いた。彼女も落ち着いて話し合って別れることにした。

世界が爆発するとしたら、君は何する?どう思う?そういう彼女の横顔はどこか儚げででも夢に満ちていた。僕は、どっかの在り来りな映画にあるような言葉を言ってかっこつけようとしたが、言ったら彼女に大笑いされた。だから真面目に考えて、貯金を全部使い果たすと言うと彼女は、あなたに貯金なんてないじゃないとまた大きく笑った。確かにと僕も笑った。笑ったのに涙が止まらないのは何故なんだろう。きっと、彼女の右手には僕以外の手が繋がれているからだろう。

この記事が参加している募集

恋愛小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?