【短い物語】 宇宙カジノ船

 トントン、とノックする音が聞こえた。
「失礼します。お昼のお食事が出来ました」

 部屋の脇に、荷物などを出し入れさせる専用の小窓がある。
 その小窓を開けると、きれいに1つのプレートに乗せられた昼食が置かれていた。それを受け取ると、おれは小窓を閉めた。

 小窓と言っても透明なガラス部分はなく、そのほかにも、この部屋には外が見える窓はない。
 その小窓を開けて食事を取る際も、食事が置かれているスペースの奥にもうひとつ扉があり、こちらが開ける時には奥側が閉まっているので、外の様子を目にすることはできない。いわゆるプライバシーに配慮というやつだ。

 食事は好き嫌いを申告しておけば、勝手にメニューが組まれる。
 こだわりがある人間は、個別にカスタマイズする設定を選ぶようだが、むしろ選ぶことに煩わしさを覚える自分にとっては、適当に持ってきてもらったほうが助かる。

 今日はナポリタンとサラダとコーンスープだ。そのプレートをこぼさないように慎重に持ちながらテーブルに運び、設置されている大型のスクリーンにスイッチを入れ、流れている様々な景色の映像を見ながら、まずコーンスープから口に運ぶ。うまい。それで満足だった。

 ところで、地球を出発してから1年半の時が経った。
 ちょうど出発の1年前、つまり今から2年半前に、おれはこの「宇宙カジノ船」に申し込んだ。

「宇宙カジノ船」は、宇宙の指定のコースをまわるというクルーズ船で、1ヶ月に1回、地球から出航する。
 客は、ある条件さえクリアすれば、誰でも申し込める。

 その条件をクリアした人には封筒が届き、申し込むのであれば、該当する「合意事項」という箇所にチェックを入れて返信すると、乗船できる船の出航日が通知される。
 その結果、おれに指定されたのが、出航日が1年半前のこの「船」だった。

 ちなみに、「宇宙カジノ船」は、どの船も、定員が5万人ほどの巨大宇宙船となっている。
 かつて、地球の海を回っていたクルーズ船が、大きいもので大体5000人から7000人ほどの客席規模らしいので、その約10倍、というわけだ。ドーム型の球場の収容人数が5万人くらいらしいが、全員分の宿泊施設があるわけじゃないので、宇宙カジノ船の大きさとは比にならない。

 そんな大きな宇宙船なので、地球上には停泊できず、上空にステーションをつくり、そこまで客と必要物資を輸送して中継している。
 知らない人が見たら、よくある映画のように、巨大なUFOが地球に襲来した、と思うのではないだろうかといった様相だ。

 そして、そんな地球ステーションを出発する「宇宙カジノ船」は、全行程「10年」の宇宙周遊コースが組まれている。
 1ヶ月ごとに地球を出発した各船が、宇宙規模で見れば、列をなして、行儀良く等間隔で、宇宙各地をまわっているのだ。

 10年分の燃料や物資は、地球のステーションで搬入したものだけでは足りなくなるので、周遊コースのルート上にも宇宙ステーションをつくり、現地で自立的に生産された燃料や食料などを、マラソンの給水ポイントのように受け取りながら、運行しているのだそうだ。

 そんな「宇宙カジノ船」は、その船内が、居住区とカジノ区に分かれていると聞いている。

 今おれがいる部屋は居住区の中にあり、乗客全員の部屋が配置されているという。
 ちなみに、生活に必要なもの、例えば、洋服や食事、化粧品や洗面道具などは、用意されているものに限り、各部屋でのモニターで都度要望すれば、部屋まで支給され、先ほどの昼食のように各部屋の小窓に届けられる。贅沢を言わなければ、普通に生活する分には部屋の中にいるだけで十分足りる。

 だが、それでは「宇宙カジノ船」に乗った意味がない。
 つまり、「カジノ区」に行くわけだ。それがこの「宇宙カジノ船」の主目的なのだから。

 素晴らしいことに、「カジノ区」には24時間いつでも行ける。
 行きたくなったときに、部屋のモニターから申込めばいい。

 申し込んでしばらくすると、部屋の扉の前にタクシーのような、1人用の無人移動カプセルが到着し、「カジノ区」まで届けてくれる。「カジノ区」に着くと、カプセルに乗ったまま、カプセルから「ゴーグルセット」が出てきて、それを身につければ、好きな「ゲーム」をプレイすることができるのだ。

 この「ゴーグルセット」を通じてプレイできる「ゲーム」が、おれがこの「宇宙カジノ船」でいちばん驚いたものだ。
 どの「ゲーム」も「ゲーム」とは思えない。リアルな体験のようにプレイすることができるのだ。

 もちろん、シューティグゲームやシミュレーションゲームといった、いわゆる「ゲーム」と言われるものもあるが、リアルな体験を味わう「ゲーム」も多数用意されている。

 例えば、遊園地に行きたいと言えば行ってジェットコースターでもメリーゴーランドでも乗り放題だし、動物園で見たことのない動物たちと飽きるまで触れ合うこともできる。
 競馬やそれこそカジノで一発賭け熱狂することもできるし、ナイトクラブのVIPルームで踊り明かす若者を眺めながら楽しむこともできる。

 それらを、本当に自分がそこに行って行動しているかのように体験できるのだ。
 こんなことができるようになっていたんだな、と毎回驚いている。

 しかし、そんなことよりも何よりすごいのは、
 おれよりも先に逝ってしまった家族と、綺麗だった頃の地球を旅行することができることだ。

 これが何よりも楽しい。
 本当にこの「宇宙カジノ船」に乗ってよかった。

 医療が発達して寿命が延びることに若い頃は喜んだが、それでも未知の病気は発生してしまう。
 治療ができない新種の病気に運悪く罹患してしまえば最悪死んでしまう。結果、自分よりも若い家族たちを看取るのは何よりもつらかった。

 家族たちともっと一緒にいる時間をとっておけばよかった、旅行に行っておけばよかった、と日々後悔していたのだ。

 そんな後悔の中、毎日酒を煽っていた自分に、「宇宙カジノ船」の案内が届いた。
 そこに書かれていた条件は、もはや家族がいない自分にとって、断る理由のないものだった。

 1)費用は全財産
 2)渡航中誰とも会えない事に合意する事(人間の乗組員はおりません)
 3)10年後までに死亡する事(多様なメニューをご用意しております)
 4)遺体や遺骨の処理はこちらに一任いただく事(処理後は任意の月面土地への埋葬を想定しておりますが変更する場合もあります)

 聞くところによると、乗船希望者はどんどん増えているらしい。
 1ヶ月に1回だけでは足りないので、小型の宇宙船や、期間の短い船、直行便なども検討されているとこのこと。

 まあ、おれにとってはそんなことはどうでもいい。
 ようやく毎日が楽しいのだ。

「もうそろそろ、だな」

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