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自分が基準

お酒も珈琲も紅茶も嗜好品。値段が高いからいいものだと、思わなくてもいいものです。その字のごとく、好きな品。高くても好みでなければ、無理に買ったり飲んだりしなくていいのですよ。逆に、安くても好みのものならば、誰憚ることなく飲んでしまいましょう。好きなんだから、いいじゃない。

あ、ドクターストップのかかっている方は、だめですよ。服用している薬がある方は、注意書きを確認してから。海外では嗜好品扱いでも、日本の法律で禁じられていたら、それも駄目ですよ。逮捕されます。名前が報道されます。何もいいことないですから。

限定○○本!!とかいう広告にフラフラ心が動きますが、それが自分の好みかどうか判断してからにしましょうか。限定ということは、それなりの高級品だと思います。あまり好みでないものに大枚はたくより、自分の好みのものを買った方がいいのではないかしら。何かの集まりやパーテイで、話題の種として用意するのなら、ありかもしれませんね。それが好きな人もいるかもしれないし。

考えてみたらほとんどのものが、そういう基準で選んでいいように思えます。食器とか、鍋とか、家具のはてまでそうですね。まあ、予算というものもありますから、その範疇ですけれど。

「なんでもいい」とか、「適当に」という基準でものを選ぶのは、自分を適当に扱っていることのように思えます。予算と時間の許す範囲で、自分の好きなものを選んで暮らす、というのはささやかですが、心満たされるものです。好きな食材だったら、無駄にすることなく使いきるだろうし、好きな嗜好品だったら、大事に全部飲むだろうし。

随分前に亡くなった伯母は、消費税が導入される前に、ウィスキーの買いだめをしていました。お通夜で遺品として皆にふるまわれたのは、サントリーのレッド。喉にガツンとくるような、ウイスキーです。全然高級品ではありません。でも、伯母の好みだったのでしょうね。皆、笑いながら飲んでいました。「これが好きだったのかー。」と言いながら。

もう、大量に購入して、フードロスを出すよりは、好きなものを買って、無駄なく使う方が、環境にもお財布にも、自分の心にも優しいのではないか、と思っています。


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