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「たゆたえども沈まず」原田マハ 読書感想

初版 2020年4月 幻冬舎文庫


19世紀後半、栄華を極めるパリの美術界。画商・林忠正は助手の重吉と共に流暢な仏語で浮世絵を売り込んでいた。野心溢れる彼らの前に現れたのは日本に憧れる無名画家ゴッホと、兄を献身的に支える画商のテオ。その奇跡の出会いが“世界を変える一枚”を生んだ。読み始めたら止まらない、孤高の男たちの矜持と愛が深く胸を打つアート・フィクション。
(アマゾン商品紹介より)

マハさん得意の半分実話の中にフィクションをぶっこむ
アートフィクションシリーズです。
今回の主な登場人物はフィンセント・ファン・ゴッホ。
その弟テオ。テオの妻ヨー。
日本人画商、林忠正。林の助手、加納重吉。
架空人物は加納重吉だけです。
僕の見立てではこの本の主役はフィンセントではなくテオ。
サラリーマン画商として家族を支え、兄フィンセントの絵の価値にいち早く気が付き、経済的に精神的に支えていく決心をするも、
なかなか絵を売ることができない。
同じ時期にパリで浮世絵を売っていた日本人画商、林忠正と加納重吉の動きが平行して描かれてゆきます。
奔放な芸術家の数奇な運命に翻弄されながら
陰で支えるサラリーマン的営業マンの苦悩を軸に描いているところが面白いです。
テオと林――。
同時期にパリにいたことは事実のようですが、実際に二人はそれほど親しい交流があったわけではないようです。
本作では林はファンゴッホ兄弟の唯一の理解者、友として二人の精神的な支えになっていきます。
いや、林は実在の人物ですし、画商としての商売敵ですから、おおっぴらには関わりませんが、架空の人物である助手、重吉がおもいっきり親友としてテオを励まします。
ここがマハさん流のフィクションであって、
実話だけだと陰鬱になりがちなゴッホ兄弟の話に温かさをもたらしています。
パリでは共同生活をしていたフィンセントとテオ。
テオからもらった金をすべて酒代につかってしまうフィンセント。
芸術家に「常識」などというのはナンセンスだと分かっていながらも、
つい文句を言いたくなってしまうテオ。
画材の代金の代わりに描かれる「タンギー爺さん」の肖像画。
フィンセントはテオがブルジョア相手に、本当は売りたくもないフランス美術アカデミーの大家の絵を愛想笑いを浮かべて売っているのが気に入らない。
2人の関係は次第にギスギスしていく。
アルルでのゴーギャンとの共同生活の末、送られてくる無人の椅子にろうそくが描かれた「ゴーギャンの椅子」の不穏。
そして耳切事件。
サン=レミでの療養生活とその最期は実話に沿して描かれます。
遺作とされている「木の根と幹」(木の根っこだけを描いた絵)
はテオへの思いではないだろうか・・・・。
孤高の画家フィンセントとそれを陰で支えた弟テオ。
そんな兄弟を支えていた?かもしれない日本人、林忠正とその助手、加納重吉。
ゴッホの創作意欲の原動力の裏にはそんな人々との、絵を通してしかできない不器用なコミュニケーションがあったのではないだろうか・・・。
などと思ったのでした。
表題になっている「たゆたえども沈まず」は
パリを流れるセーヌ川の船の舳先に書いてある文字らしいです。
パリは歴史上幾度も危機に瀕しながらも、そのたびに復興を遂げてきた。
そんなセーヌの船頭たちに思いを馳せながら・・、
林が、
弟と決別し、絵も売れず。パリに拒絶されたという敗北感を背負って
アルルに旅立っていくフィンセントに送った言葉。
「嵐が過ぎるのを待てばいい。たゆたいはしても、決して沈まない船になって。
そしていつか、私をハッとさせる1枚を描き上げてください」

この作品が書かれたのは2017年という事なので、まだコロナ以前ですが。
このコロナ禍の世情となった今、よりいっそう心に響く作品でした。

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