見出し画像

なろう底辺作家が二次創作に救われた話

こんにちは。

小説家になろうで底辺ゴミ作家でした。

ハーメルンで作品が受けて、とても嬉しかったです。それだけの話。

・二次創作が受けた話、底辺作家のゴミみたいなプライド

小学生の頃からハーメルンを読んで育ちました。高校生になるとなろうを読んで育ちました。私はそういう感じでした。活字が好き……というよりは、物語が好きだったんですね。だからマンガでもアニメでも、面白い物語ならなんでも好きでした。

で、気軽に読めるのが小説、無料で読めるなろうであったと。そこに行き着きました。

やがて、自分で書いてみたいと思うようになった。

終わりの始まりです。

高校二年生の頃でした。

オリジナルの設定、キャラ、ストーリー。結構キツかったんですけど、それ以上に楽しくて、2、3時間とかぶっ続けで書いてた時もありましたね。

で、これは創作をする人なら誰しもわかってくれると思うんですが、アレ俺、天才じゃね? クソおもろいやんけって思った。一週間経ってから読み直すと、それはもうひどいゴミみたいな出来だったんですが、まあ書いた当初はそう思っていた。

8ポイントでしたかね、最初の作品についた評価は──そのぐらいでした。十万文字書いて8ポイントでした。なろうのトップが確か20万ポイントくらいでしたので、まあどの程度のものか分かるでしょう。底辺と呼ぶにふさわしい。それでも、自分の作品にポイント(評価)がつくのは素晴らしく嬉しかった思い出があります。

性懲りもなく書き続けました。ブランクはありましたが、結局書くという行為を捨てることができなかった。あわよくば書籍化、アニメ化……なんていう妄想をいつもしていましたね。今でもしてます。それでがっぽり、みたいな。

何作も書いて、一番高い評価で36ポイント。それも十万字書いた作品でした。十万字って一つの目安で、ラノベ一冊分です。キリのいいストーリーって大体そのぐらいで、それを目安に書いていました。正直自信作だったのですが、そのくらいでした。ランキングに乗るような作品を眺めては、俺の方が面白いって本気で思ってましたからね。

やがて、一つの真理にたどり着きます。

・ランキングに上がる作品、毎日投稿、あらすじ、仁義なき自己満足

一つは、毎日投稿することです。できなければ、一定のペースで投下し続ける。一年でも二年でも、書き続ける。

書くことと、書き続けることには明確な違いがあります。

もう全く違う。別物。書くことは出来ても、書き続けることって難しい。私は書くことしか出来ませんでした。なんなら今もそうです。1作品に大して精々20万字程度しか書けませんが──書く人ってもう、100万とか200万とか、そういうレベルで文字数を書くんですよ。もうラノベ何巻分だっつーね、
二十巻分くらいありますよ、そんなもん。人気ある人って、そのぐらい書く。量からして全然違った。

最初に人の目に止まるところって、新着小説、みたいな感じなんですよ。投稿されたばかりの小説が表示されるところがあって、そこから興味を持って読んでもらう。

で、この新着小説はどんどん更新されていきます。一分後にはもう、自分の投稿した小説は押し流されて、見えなくなっている。なろうとか一日にどんだけ投稿されてんだよって感じで投稿されますからね。

だからこそ、毎日毎日そこに留まり続けなければならない。さもなければどんなに面白い小説でも読んでもらうことすらできない。土俵にすら立てない。0ポイント小説と呼ばれる、評価すらされてない作品はこれです。なろうにはそういう、傑作になれていたかもしれない小説がたくさん沈没して、見えなくなっていきました。

後はあらすじですね。タイトルとあらすじ。ほぼ90%これです。これ。

タイトルで人目を引かなければ、あらすじで読もうと思わせられなければ、死んでいくだけです。

だからこそ、なろうのタイトルはなろうっぽい感じに進化していきました。そっちの方がウケるんだから仕方ないです。私はこの一点を認められず、"ちゃんとした"タイトルをつけてしまったが為に死にました。

私が書きたいのはランキング上位にのさぼるような、テンプレとクソハーレムの嵐なんじゃない、違う私の方が絶対面白いって意地になってました。負け犬の遠吠えです。敗者が何か言うのと一緒でした。

私はそんな、大衆受けするような作品は書けないし、毎日投稿も難しい。ウケなかった私の作品は、読まれることすらなく消えました。

・二次創作へ逃げた先に見えた光

ハーメルンをずっと読んできましたが、不思議なことに「自分で書こう!」とは思いませんでした。不思議なことです。なんなら5、6年読んできて会員登録すらしていなかった。会員登録をしたのは、書こうと決意した時からです。

アークナイツにどハマりしていた(今もしている)から、自然とそれを書こうと思いました。私の中に、二次創作ならウケるかもしれないという思いがあったのかもしれません。

3話ほど投稿したあたりで、日刊ランキングに載りました。正直目を疑いました。確か70位くらいだったと思いますが、載りました。

信じられないくらい嬉しかったです。アレは、なかなかの感動でした。

タイトルもあらすじも、シンプルにわかりやすいものにして、こういう話ですよっていうのを前面に押し出して、なるべく毎日連続投稿する。それはちゃんと意識していたことですが──ランキングに載るなんて、思ってもみなかった。

私の作品を読んでアークナイツを始めたっていう感想をもらって、もう感慨深かったですね。嬉しかったし……楽しかった。

二次創作は売れないなろう作家にとっての救いでした。ハーメルンがあってよかった。本当にそう思いました。

マジで感謝です。

・これからハーメルンで書こうと思っている人へ──高い評価を得るには

せっかくなんでそんな感じのことを書きます。

まず最初、二次創作には原作があります。

たくさん評価してもらいたいなら、人気のある原作を選びましょう。ジャンプ作品とかいいですね。ワンピースとかハンターハンターとか。やっぱりそもそも原作の知名度が低いと読まれにくいです。

次、タイトル。

タイトルでちゃんと作品のことを説明しましょう。文章になってもいいです。どういう作品なのか、説明しましょう。

次、あらすじ。

なるべくシンプルに、簡潔に。これについてはちょっと詳しく書きます。

二次創作の需要っていうのは、キャラの魅力をより深く書くことだと思います。例えば、原作では主人公にデレなかった可愛いキャラを、二次創作でデレさせる。これが需要です。一例ですけど。

もちろん原作をベースに、自分だけの物語を書くのもいいです。でも二次創作ってオリジナルじゃなくて、なんというか……根本は原作に登場する女のキャラ全員使ってハーレム作りたいみたいな願望があると思います。

あらすじにそういうことを書きましょう。そういう作品を書きましょう、以上。

・読者の"読みたい"と、作者の"書きたい"のギャップ

これがまた難しい。よくあることです。

書きたいシーンや書きたいストーリーがあって書き始めるのに、その書きたいシーンは読者の読みたいものじゃないっていう。よくある話だと思います。

私は創作……特にラノベ系の創作をする人は、世の中に自分が読みたい作品がないから自分で書き始めた、みたいな人が結構いると思うんですけど、そういう人は結構苦悩すると思うんですよ。私もその口ですし。

なんていうか、ギャップです。いつか、自分が書きたいから書く、ではなく読者が読みたいものを書く、みたいな風になってしまうことを恐れ、苦しむ。書きたいものを書けないって趣味でやっている作家にとっては苦しいこと。

作家を本業とした、ガチモンの小説家は、常にこの苦しみを抱えていると思います。それで生計を立ててるんだから、売れなきゃいけない。自分の好みはまず一旦置いておいて、売れなきゃ話にならないんだから、売れる話を書かなきゃいけない。

きっと苦しいと思います。好きな執筆が、作業に変わっていく。執筆そのものに慣れていくから、というのもあるでしょうけど。

世の中において、自分の好きなものと大衆の好きなものは常にギャップがあります。映画とかでも、最大人数にウケるものが作られやすい。

私たちのようなネットの片隅に生きる底辺創作者たちも、その宿命からは逃れられません。もしもそういうことを気にせず、ただ自分の書きたいものを書き続けられる場合、その人のことを私は芸術家と呼びます。そしてその作品がヒットして、めっちゃ売れたのならその人のことを天才と呼びます。天才芸術家でもいいですかね。身勝手な表現ですけど。

・まあ、書いてみませんか?

なろうでウケずに悩んでいる皆さん、ハーメルンで書きませんか? きっと悪いようにはなりませんよ。

小説を書いてみたいと思っているそこのあなた、書いてみません? きっと悪いようにはなりません。案外面白いかも。

評価されず、苦しく、辛い。キツいし、評価されるためには超大量の文章量が必要だったりする場合が多い。

でもまあ、なんのかんの言って私は書くことが好きですから。本当に不思議なんですが、もう書かねえ! って思ってもまた書く。書きたくなっちゃう。生活の中で、ふとした時に情景が頭に浮かんで、書きたくなる。これが底辺二次創作家。

ハーメルンで評価してくださった方々、本当にありがとうございました。案外あなたが評価欄をポチッとするだけで救われるもんです。

今回はそんな話。ここまで読んでくださったあなたに感謝を。

この記事が参加している募集

#習慣にしていること

131,260件

サポート期待してます。でもそれはあなたの自由で、あなたが私にお金を使わせるだけの"価値"を感じるか否かは、あなたの選択です。でもよろしければどうぞ。