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おこもり読書日記 - 『ブルックリン・フォリーズ』

紙の本は、いつだって私の狭い部屋のスペースを占有する。だから読み終わっても一緒に暮らせる本は、だいたい2割くらいではないだろうか。他は、すぐに処分してしまう。

ポール・オースターの『ブルックリン・フォリーズ』は5・6年前に一度読んだきりだったけれど、未だに手元にある。内容は一切忘れてしまったが、話の最後のシーンだけはなんとなく覚えている。というより大部分はそれほど面白みを感じなかった記憶がある。

ただ、外出もできないこの時期に改めて読み返して、この物語の味わい深さを知った。率直に言って、非常に!よかった!!!!

あらすじ

この物語においてあらすじはあまり意味がないように思うのだが簡単に触れておく。

静かに人生を振り返ろうと故郷に戻ってきたネイサンが巻き込まれる思いがけない冒険。暖かく、ウィットに富んだ、再生の物語。

60手前で保険会社を退職し、妻とも離婚。がんを患い余命もわずか。そんな中年主人公がたった一人で生まれ故郷のブルックリンに戻ってきたところから始まる。

もう、この状況を想像するだけでとても寂しい・・・。

しかしこれは前向きな物語である。
人生の新たなスタートを(しょうがなく)きることになった中年おじさんの日常は、そう悪くない。

おすすめポイント

例えばミステリーやファンタジーのように、壮大なストーリーやハラハラドキドキする展開はない。あくまでも「日常」の範囲内で(多少逸脱はする)エッセイのようにさらさら読める。

メリハリがないかと言えばそんなことは全くなく、めちゃくちゃ大きな出来事が一言で片付けられたりもする。あまりにも説明される言葉が少ないため、その周囲の展開は自分で想像するしかない。その潔さも良い。

また意外にも主人公が魅力的なのだ。
ユーモラスで批評的な語り口にクスッとさせられたり、誠実な人柄が微笑ましく感じられたり。
始めは何の希望もないであろう状況から、偶然や必然が重なり、人を巻き込み・巻き込まれ、やがてゆるやかな人間関係ができていく。それは彼らの生活の半径数メートルの小さな円ではあるけれど、職場や学校とは全く違うあたたかなコミュニティで、正直うらやましくも感じられる(ここをファンタジーととらえてはいけない)

結局は街も人なのだ。
自分がどこに住むかより、周囲にどんな人間関係ができているかが人生の豊さを決める。何歳になってもその努力を惜しんではいけない。

ブルックリン橋

ブルックリンロースティングカンパニー

※昨年ブルックリンに訪問したのも『ブルックリン・フォリーズ』を読み直すモチベーションになったかもしれない。


個人的にはAmazon Prime Videoで配信されている『モダン・ラブ ~今日もNYの街角で~』に近いものも感じた。こちらもおすすめである。

訳者あとがきより

この本の読みやすさと面白さには、翻訳をされた柴田元幸さんの力も大いに関係していると思う。柴田さんのあとがきも、この話の素晴らしさを端的に表現されている。

ポール・オースターは「自分の人生が何らかの意味で終わってしまったと感じている男の物語」を五作続けて発表した。そのうちで本書『ブルックリン・フォリーズ』は、その三作目に当たる。
冒頭では死ぬのを待っているだけだった語り手ネイサンは、意外にストレートな「成長」を作品内で遂げる。そして、何だかんだ言ってもいくつかの人生の修復を助けさえする。
人間、何歳になってもまだ成長発展の余地はあるという思いを、よい物語を通してユルく伝えてもらえるのは、ふと気がづけば自分も人生の折り返し地点をとっくに過ぎてしまった訳者にとって大変ありがたいことである。折り返し前であれ後であれ、多くの読者の皆さんが同じように感じてくださればと思う。


よい物語をお供に、おこもり読書ライフを充実させてみてはいかがだろうか。



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