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151回目のトライ

    ペンシルバニア州の農村にウォルター・ハーターという青年がいました。
彼の家は貧しかったために、大学への進学は出来ませんでした。彼は学校を卒業すると、仕事を探しにニューヨークにでていきました。そして、いろいろ調べた結果、たくさんのチェーンを持って繁盛しているある店に就職したいと考えたのです。彼は就職に有利な条件など何も持っていませんでしたから、「これだけたくさんの店があれば、どの店か一つくらいは採用してくれるだろう。」と思ったのです。彼は「自分には情熱しかない。」と考え、熱意だけでやろうとしていました。そのチェーン店は150軒あったそうです。彼は電話帳でそのチェーン店の全住所を調べ、その150軒の店すべてに「自分を雇って下さい。」と手紙を書いて出しました。しかし、どの店からも返事は返ってきませんでした。「私は何のとりえもない人間で、過去の経歴もありません。学歴もありません。しかし、ヤル気だけはあります。」このように、毎日毎日1 件ずつ10 軒全部に書き続けました。タイプライターは持っていませんでしたから、手書きで書き続けたのです。しかし、返事はありませんでした。1 通も来なかったのです。普通であれば、もうギブアップする段階でしょう。拒否の仕方も色々ありますが、一番つらいのは何の音沙汰も無いことでしょう。しかし、実際には、その手紙はどう処理されていたかというと、それぞれのチェーン店に送られた手紙はみんな本部の方に回されていたのです。本部の人事課の人は、これを150 通全部読んでいたのです。「この男は絶対やってくる。」と思って待っていたのです。案の定、すべての支店に手紙を出した彼は、「最後はこれは本部に行くしかない。」とマンハッタンの本部に乗り込んでいったのです。すると、「待っておりました。あなたは必ず来ると思っていました。これが、151 回目のトライですね。」と本部の人は言ったそうです。ウォルターは感激のあまり、感謝の気持ちと共に涙を止めることが出来ませんでした。結果はもちろん採用になりました。そして、最後にはその会社のトップにまでなったそうであります。
   普通で あれば、1 通目、2 通目、50 通目、100 通目で、「もうこんなバカなことは止めよう。」と思うでしょうが、151 回目のトライが成功への道と成ったわけです。
    生物学者のライアル・ワトソンは、「100 匹目のサル」の例をよく話に取り上げています。イモを食べるとき海水で洗って食べるという習慣を身に付けたサルが、99 匹になるまではゆるやかに増え続けてきたのが、100 匹目に達するやいなや、その群れのほとんどのサルたちが、一斉に、海水でイモを洗ってたべるようになったという話です。
    進化には、そのような爆発的変化をもたらす臨界点があるようです。人の人生における学びの向上にも同じことが言えるのではないでしょうか。

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