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クリストファー・ノーランについてあれこれ語る Part2


 今年に入って『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』が発売されました。

 ええ、もちろん買いましたよ。

 読んでみて最も「なるほど、そういう事だったのか!」と思ったのは、翻訳版監修に参加している物理学者、山崎詩郎氏の帯文に書かれているノーランの「映画」には、こんなにも「人生」が投影されていたのか•••!という事です。

 ノーランの作家性といえば有名なところで言えば『メメント』に代表される時間軸が結末から始まる作りはノーランが本を読む時、後ろから読む癖がある事からきている。つまり、どんなジャンルの物語も後ろから読むと「何故この結末に至ったのか?」というミステリーになり得るとノーランは考えている訳です。

 また本人があちこちで影響を公言しているボルヘスの著作についても多くの人に語られています。

 去年noteでデヴィッド・リンチについて書いたのですが、

 『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』を読むと影響を受けた映画監督の一人にリンチをあげていました。意外だなあと思ったのですが二人の作品の共通点に画家のフランシス・ベーコンの絵が根底にあるという事に気がつきました。デヴィッド・リンチがフランシス・ベーコンに影響を受けている事は有名ですがノーランもいくつかの作品にインスパイアされています。

 例えば『ダークナイト』ジョーカーのメイク。ノーランが参考にとフランシス・ベーコンの画集をヒース・レジャーとメイキャップアーティストのジョン・カグローニ・ジュニアに見せたそうです。具体的には『ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像画後の習作』という絵画を一部参考にジョーカーメイクを造形しています。

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 また『インセプション』では冒頭で『ジョージ・ダイアーの頭部の習作』という作品が登場します。ジョージ・ダイアーとはフランシス・ベーコンの自殺した恋人の名前です。これは本作のレオナルド・ディカプリオ演じるコブの妻が自殺している事と呼応しています。

 もう一つ『インセプション』で重要なのがパリにあるビル・アケム橋が登場する場面。この橋は巨匠ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストタンゴ・イン・パリ』にも登場します。

 本作の冒頭でフランシス・ベーコンの絵画が映し出される。この作品の主人公マーロン・ブランド演じる中年男も妻が自殺している。

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 安心して下さい。クリストファー・ノーランの奥さんはご存命です。

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 エマ・トーマスはクリストファー・ノーランの下積み時代からの関係でノーラン作品のプロデューサーでもある。

 『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』には二人のプライベートの写真が掲載されている。線路の上にクリストファー・ノーランとエマ・トーマスが頭を乗せている、これ自体は微笑ましい写真だ。

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 しかし『インセプション』を観た人なら、主人公の夫婦が夢から覚める為に線路の上に二人で頭を乗せて電車に轢かれるシーンを思い出す事でしょう。

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 事実『インセプション』の線路の場面は、このプライベートの写真からヒントを得ている。

 ノーラン作品といえばスタンリー・キューブリックが『2001年宇宙の旅』で専門家を連れて来て科学考証をやったように『インターステラー』で理論物理学者のキップ・ソーンを科学コンサルタントに据えるなどハードSF的な要素が前面に出る為、人間味がないように思われがちかと思うのですが、実はノーランの人生が色濃く作品に反映されている事がインタビューを読むと分かります。

 特に『インセプション』と『インターステラー』には共通する点があります。それは一人の男が子供と長期間離れて、大きなミッションを遂行する話である、という事です。

 ノーランが『インセプション』の構想を思いついた時はホラー作品として考えていたそうです。このアイデアを温めながら、やがて結婚し子供も生まれ大作映画を任されるようになります。そして撮影が長期間になり家族と離れる時間の長さを痛感するようになったそうです。この経験が完成された『インセプション』の主人公が犯罪容疑で子供達と離れ離れの状態でいるという設定に反映されています。

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 また主人公は夢の設計士だが、(夢)=(映画)(設計士)=(監督)、つまりノーランが映画を撮影する間、家族と離れて寂しいけどプロジェクトを成功させる為に頑張る話になっているんですよね。と言うと身も蓋もないですが(笑)

 この要素を更に色濃くドラマチックに描いたのが『インターステラー』です。

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 主人公の元宇宙飛行士クーパーは人類の危機を救う為に第二の地球となり得る惑星を目指すミッションに参加する事を決意するが娘のマーフィーに反対される。

 『インターステラー』の仮タイトルは『フローラの手紙』だった。フローラは当時マーフィーと同じ位の年齢だったノーランの娘の名前である。

 映画制作が始まって家を離れる時に、この仕事を心から愛していると同時に強い罪悪感を感じるとノーランは語っている。「子供達が成長するにつれ、時があまりにも早く過ぎ去るように思えて、とても切ない気持ちになった。」

 クーパーは目的の惑星に向かう為、突如出現したワームホールを通り抜けるが超重力によるウラシマ効果で地球に残されたマーフィーは無常にも年老いていく...。

 この辺りの展開は新海誠のデビュー作『ほしのこえ』と似通っているがノーランは『インターステラー』に影響を与えた作品の一本に本作を上げている。

 ちなみに宇宙をテーマにした壮大なSF作品にミニマムな家族の物語を持ち込んだ元祖はスティーブン・スピルバーグですが『インターステラー』は元々スピルバーグが監督する為の企画だったそうです。

 このようにクリストファー・ノーランの個人的な経験が作品に反映されている事を念頭に置いて『TENET テネット』を観るとネット上で語られた様々な議論とは別の輪郭が浮かび上がってくるかもしれません。 


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