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NVICアナリストのつぶやき第14回 「菌と文化」

皆さん、こんにちは。NVIC note編集チームです。

NVICでは、アナリストたちが忙しい夏を過ごしています。
毎年6~7回の海外出張で海外企業との対話を行なってきた彼らも、今年は出張に行けず、電話会議やzoomを駆使した「バーチャル出張」を展開しています。

足と頭を使って世界中の企業を調査することを信条にしてきたチームですので、当初はリモートでの面談に戸惑いもあったようです。背に腹は代えられない状況で始めた「バーチャル出張」ですが、とくに既往の投資先との面談は、過去からの関係性の蓄積もあり、思いのほかスムーズに行えているようです。

結果的に企業との面談頻度はむしろ増えており、アナリストたちは、毎週数件、早朝に行われる面談に向けた事前分析と論点整理に明け暮れています。

そんな中、アナリストでありnote編集長でもある岡島が、責任感からコラムを書き下ろしました。
彼が大事にしているという、アナリスト業の中で訪れる「面白い瞬間」。お楽しみください。


菌と文化

皆さん、こんにちは。NVICのアナリスト岡島です。
今回は、私が日々のアナリスト業務を通じて感じている、この仕事の面白さについて書いてみたいと思います。

私は、NVICにおけるアナリストの仕事を「魅力的な企業、ビジネスを見つけ、『構造的な強靭さ』に関する仮説の構築と検証を行うこと」と考えています。

そのプロセスの中で、エキサイティングな瞬間はいくつもあります。
・投資候補となりそうな面白い企業を新しく見つけたとき
・対話を通じて、その事業の本質に迫っていく過程
・自分が調査した企業が実際の投資に結びついたとき
・投資先企業について、投資家様に説明するとき(投資先企業のビジネスについて、嬉々としてしゃべり続けるのが、NVICのアナリストの特徴だと思います)

これらに加えて、個人的に面白いと思い、大事にしているのが、企業を分析しながら偶然に訪れる、「ちょっとした思索の時間」です。

具体的な例でご説明します。先日来、私は食品添加原料の業界に所属する企業をいくつか調べていました。加工食品のパッケージ裏面に印刷されている、甘味料とか乳化剤とか酸化防止剤であるとか、ああいったものです。

その中で、とある欧州の「菌」を扱う企業に出会いました。ヨーグルトやチーズを作る際に使用される、乳酸菌やカビ菌などを培養し、乳製品メーカーなどに適切な使用法の指導とともに販売しています。

この会社のホームページやアニュアルレポートで事業内容を見ると、“Culture(s)”という単語が出てきます。辞書を引いてみると、ここでいう“Culture”は、「文化」ではなく、(培養した)「菌」のことを指すようです。「菌」を表す英単語として”Mold”や”Fungi”は頭にありましたが、“Culture”は初めて知りました。

ここで一時、「菌」と「文化」の関係について思いを馳せます。

すると、実は私たちの生活、とりわけ食生活と菌は不可分であることに気づきます。醤油や味噌といった調味料、漬け物や納豆などの発酵食品は、いずれも菌がもたらす作用で作られます。西洋でも、パン、チーズ、加工肉など生活に根差した多くの食品に菌が関わっています。
そして、洋の東西を問わず欠かせないのが、そう、お酒です。ビール、日本酒、ワイン、ウイスキー・・・菌のお陰で、私たちの食は多様になり、楽しいお酒が飲めるのです。

古の人々は、保存している食品に起きた変化を観察し、仮説を立て、時に痛い目を見ながら検証することを繰り返して、菌の力を借りて新たな美味しさを生み出す方法を編み出してきたのだと思います。

こうして考えてみると、おお!菌とはまさに文化そのものではないですか!

と、一人で盛り上がってしまったのですが、答え合わせのために語源を引いてみると、“Culture”はもともと「土地を耕す」ことを意味するラテン語”Colere”に由来するそうです。そこから「心を耕す」方向に派生したのが「芸術、文化」としての“Culture”であり、「栽培、養殖」方面から派生したのが「培養菌」としての“Culture”だということです。

やや空振りに終わった思索を経て、“Culture”の語源を知ったわけですが、この知識が何かの役に立つとは思いませんし、「これでまた一つ賢くなったぞ」などと言うつもりもありません。単純にこの思索の時間が楽しいというだけです。でも、こういう時間も大事なのではないかと思っています。

いまやGoogleやSNSを使って検索すれば、世界中の欲しい情報がタイムリーに手に入ります。でも、逆に言えば、「自分が検索したワード」に関連する情報にしか触れられません。そして、その検索結果は、プラットフォームが「あなたに見せたいもの」である可能性があります。

つまり、私たちは、インターネットを通じて「世界中の何でも見られる」はずが、実は「自分の中にある検索ワードしか、しかも誰かが見せたいものしか、見られない」世界を生きているのかもしれません。

そのような世界にあって、半ば強制的に自分の中の検索ワードを増やし、思考を散らかしてくれるのが、企業分析です。上述の企業を調べなければ、私が「レンネット(牛の胃から採れる、チーズを凝固させる作用を持つ酵素)」という言葉をググることは、生涯なかったでしょう。

そもそも、なぜ私が食品原料の会社を調べていたかというと、先日、とある投資先企業が食品原料を扱うかなり大きな企業の買収を発表しました。私たちにとっては、その買収先が営む事業が強いのかどうか、2社が統合することでより強くなるのかどうかが重要なのですが、その企業は、甘味料、乳化剤、たんぱく質、菌・・・などなど、様々なものを扱っており、よくわかりません。そこで、それぞれの財ごとの競合企業を調べることで、各分野での強さを推し測ろうとしたわけです。企業分析は、このようにアメーバ状に広がっていくことが、よくあります。

セレンディピティ(何かを探しているときに、偶然に別の幸運を見つけること)というと、いささかおおげさかもしれません。繰り返しになりますが、「レンネット」を知ったからといって、恐らく私の人生は変わりません。

でも、このような思索の積み重ねが、やがて私の中に、幾ばくかの”Culture(教養)”を創っていくのではないかと考え、偶然の出会いを楽しんでいるわけです。


……
さて、我が家では、3人の子供たちが食卓を囲みながら、私の中には存在しない、奇想天外な言葉を発しています。

まだまっさらな彼らの土壌を、これからどう耕し、何を植え、どのように育てていくのか、それは彼ら自身の課題ではありますが、私も親として、何かのきっかけは作ってあげられればいいな、と願います。

末娘の納豆菌にまみれた手をやんわりとかわしながら、「まずは、スプーンの使い方からだな」と、父は思うのでした。

(担当:岡島)