Twitterの思い出

・Twitterはたぶん、13歳くらいからやっていた。11年前。

・友達がしていたから。

・僕は携帯電話を持っていなかった。DSやパソコンで見て、画像の投稿は祖父母の携帯電話を使っていた、気がする。

・あの頃はDSの「うごくメモ帳」が流行っていて、僕も遊んでいた。

・うごメモでは創作企画(ある世界観の中でみんなでキャラクターを作り、交流すること)が流行っていて、その延長でTwitterでも絵を描いていた。

・「イマつぶ」ってあったよな?と思い調べたらTwitterではなかった。友達が「イマつぶやりたい」と言った時「Twitterでしょ」と返した記憶がある。

・Twitterでは自創作やその頃流行っていたアニメ、中学に上がってからは部活の話もした。

・部活生のタグはその頃からたくさん見かけた。#〇〇部員と繋がりたい、#〇〇部あるある

・中学生になってからiPhoneが普及し始めたと思う。お金持ちのクラスメイトはiPhoneを持っていたりした。僕は当然スマートフォンも携帯電話も買ってもらえなかった。

・小中学生は勿論、高校生や20歳そこらの人とも繋がった。その頃は人と会おうとも思ってないし、絵やツイートを見るためだけにフォローしていた。

・よるほー、ほかてらが流行っていた。

・中学3年生くらいで、祖父にWALKMANのFシリーズを買ってもらった。今思うとiPod touchならカメラが付いていたのに、何故こっちを選んだのか。

・僕はWi-Fi環境ではWALKMANで無双していた。多分ゲームもしていたし、勿論Twitterをしていた。カメラが付いていないので画像投稿は相変わらず祖父母の携帯電話だった。

・高校生になり、部活の連絡のためにiPhoneを買ってもらった。親が厳しく、ゲームやアプリは許されなかった。確かSafariも使えなくて、Twitterは「LINEからブラウザを開く」という裏技で見ていた。

・高校生になってからも、同じように絵を描きアニメの話をしていた(創作は覚えてない)。その頃の僕のフォロワーは600人程度だった。

・親にTwitterがバレて、アカウントを削除することになった。一度ここで、Twitter人生を終えたと思う。

・僕は懲りずにアカウントを作ったり消されたりしながら過ごした。もうTwitterが大好きだった。

・応援上映で話題になったKING OF PRISMにハマった。その頃に使っていたアカウントは、2022年まで続いていた。

・僕はメルカリやオタマート(今は無い)を知った。アニメのグッズを買い漁っていた。

・その頃からセクマイ垢を作っていたと思う。自撮り界隈もその頃にはあった。加工した自撮りを載せたり、可愛い顔たちを眺めていた。

・就職先が決まり、高校を卒業する頃、やっとゲームやアプリを解禁された。初めてのソシャゲは確かA3だった(が、祖父母のタブレットで一瞬だけあんスタをやった記憶がある)。

・それから僕は「アカウントを分ける」ということを知った。話すジャンルだったり、裏垢だったり、サブ垢だったり。

・裏垢もその頃作ったと思う。裏というか、メインアカウントの仲の良い人を集めた鍵垢。

・ゲームへの課金を知った。流石にそこまでは…と思っていた時代である。推しのSSRが欲しくてコンビニでカードを買いまくった。
今は課金が普通になっているので、たまにゲームの進みが遅い理由は無課金だからだと気付く。

・休職したり、仕事を辞めたりしながらTwitterでアニメの話をして絵を描いた。立派なオタクだった。

・僕は応援上映やライブを通して、フォロワーと会うことを学んだ。というより、タグを使ったりしてフォロワーとより交流をするようになった。

・フォロワーと遊んだ。たくさん会った。応援上映に行ったり、コラボカフェに行ったり、アニメイトに行った。プリパラもやった。

・プリパラをしていた頃、遠方のフォロワーとはマイキャラのトモチケを郵送で交換したりもした。

・思えばこの頃が一番フォロワーと交流していたピークだと思う。幸い僕がいた関西は応援上映に活発的で、オタクのコミュニティがあった。

・「映画館に行けば誰かしらフォロワーがいる」「フォロワーを誘って映画館に行く」これが日常だった。

・それから他のアカウントを作ったり消したり、仕事をしたり遊んだりした。その頃から今までは割と平行である。

・今僕はアカウントを13個持っている。

・新しいものから創作、ゲーム、鬱(病)、愚痴、セクマイ(仕事)、仕事2、日常、愚痴2、夢垢、音声コンテンツ、音声コンテンツ2、ゲーム2、仕事3(義務で作ったのでほぼ使ってない)

・セクマイ垢も作ったり消したりを繰り返していた。そこから昔から今も繋がってるのは一人だけだ。

・東京でバーやコンカフェで働き始め、その時作った仕事兼セクマイ垢は今も使っている。

・オタク以外、言わばリアルの人脈はほぼそこにある。歌舞伎町や二丁目で会った人、お客さん、タグ(#セクマイさんと繋がりたい)で繋がった人。

・最近はもう新しくアカウントを分けても、一から繋がったり交流するのが厳しくなった。心が狭くてオタクのツイートを見れないのもあるが、一番は積極的に絡みにいけなくなった。

・アカウントを消したりツイートを全削除したりするのは、若い頃のツイートに恥を感じていることも理由にある。共感生羞恥。自分のツイートだが。

・歳を取り、僕よりも若いツイッタラーが増えているので一丁前に負目を感じているのだと思う。

・高校生の時から使っていたアカウントは2021年にはほぼ開かなくなっていたが、思い出が沢山あったので悩みながら2022年の末にやっと消した。そこで繋がったフォロワーや呟き、得た知識、僕のTwitterの全てだった。

・今のセクマイ垢が東京の人脈だとしたら、これは関西の人脈と言って良かったと思う。当然関西人だけでは無かったけど、関西で応援上映を共にした人たちは全てそこで繋がったから。KING OF PRISMの人脈。

・Twitter Blueが流行った。何人かのフォロワーは課金して名前の横を青くしている。長すぎるツイートは、意味が破綻していて良くないなと思う。老人。

・僕のiPhoneのアイコンはカスタムしているので変わらない。鳥の頃からずっと髑髏がサングラスを掛けているアイコンである。TLって墓場だから。

・ツイートほどリアルタイムで生きている言葉たちは無いけど、言葉は発するとすぐ死ぬと聞いたことがある。それはそう。「良い天気!」と呟いた直後に事故に遭うかもしれないし、ネットに書いた瞬間にデジタルタトゥーになるから。

・ちなみにインスタグラムのアイコンは仮面である。着飾っているから(厄介者)。

・僕は未だにいいねをふぁぼと呼んでいる。当然、ポストもツイートである。

・「X?ああ、Twitterね笑」と言われる日が来たら、老害と言われても構わないから「Twitterなw」とFF外から失礼してしまうかもしれない。



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