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赤ちゃんを連れていたら、公園で近づいてきたおばあさんの話

先日、0歳の息子を連れて、近くの図書館へ散歩に出かけた。
しかし、建物の前まで行って、図書館が休館日だったことに気づく。
息子はベビーカーで連れ出すと眠ってくれるので、図書館でコラムでも書こうと思っていたのに。
あちゃーと思い、仕方なく引き返そうとしたら、ちょうど同じように建物の休館日案内を見ているおばあさんがいた。80歳は超えていると思う。白髪にニット帽を被り、曲がった腰でカートを引いていた。
私はおばあさんの横を通り過ぎ、すぐ近くの公園のベンチに腰掛ける。幸い息子は行きの道すがら眠ってくれたし、ここでしばらく日向ぼっこでもしよう、とリュックからパソコンを取り出して作業していた。

しばらくして、視界の端で誰かが公園に入ってくるのが分かった。見ると、先ほどの図書館のおばあさん。最初は気にすることなくキーボードを叩いていたが、ふと気づくと、そのおばあさんが目の前1.5メートルほどの場所に立っている。ギョッとしたが、実は赤ちゃんを連れていると見られることはよくある。でも、コロナ禍なので「赤ちゃん見せて、抱かせて」なんて言われても困るし、閑静な住宅街で人気も少ない場所なので、身元の分からない人だったらおばあさんでもちょっと怖い。
どうしよう…と思いながら、とにかくひたすら気づかないフリをした。気が散りすぎて、キーボードは叩くフリ。めちゃくちゃな文字の羅列がドキュメントを埋めていく。
そうこうしていると、おばあさんが少し離れたベンチに腰かけるのが見えた。良かった、諦めてくれた。ほっとして、また作業開始。

気づくと15分ほど没頭していた。
一息つこうと、ふっと顔をあげると、あのおばあさんがまた目の前1.5メートル…いや、今度は息子からわずか1メートルくらいの場所に立っている。
驚きすぎて声も出ない。
「赤ちゃん、何ヶ月?」
おばあさんは私を見て、急にそう聞いた。
「さ、3ヶ月です」
極力、無愛想に応えた。ほんとうは2ヶ月だった。テンパリすぎ。
「そう。私ね、」
と、おばあさんは笑顔でこう話しはじめた。

「私ね、若い時に2回妊娠したの。赤ちゃん大好きなんだけど、2回ともダメになって(流産して)。だから乳児院から女の子の赤ちゃんを引き取って育てたの。その子、知的障害だった。でもとっても可愛くてね。昔はこの地域にそういう子が通う教室(特別養護のクラス)がなかったから、他の子と一緒に育てるのは難しかった。でも娘が小学4年生の時にとても良い先生に出会ったの。『この子は今のままじゃ何もできない子になります。もっとこの子にあった環境で勉強させてあげるべき』って言われてね。それで隣町の小学校にあるそういう教室に通わせたの。それからは、娘はどんどんできることが多くなってね。もう目が輝いてた。
今は娘54歳。北海道の小樽にある昆布や帆立を袋詰めする工場で働いてるの。ときどき電話するのよ。今は娘と電話するのがすごく楽しみ。
あなた旦那さんは?私の夫は知的障害のある人がきちんと仕事に就けるようにする会があってね、そこに通ってお手伝いしてるの。
娘は結婚もできたのよ。いい人に巡り会えてね。とっても優しい人。
あなたの旦那さんもお大事にね。子育てはとっても楽しいわよ。つらいことも多いけどね。でもとっても楽しい」

そこまで言うと、ゆっくりカートを押しながら
「あなたの大事な時間を邪魔してごめんなさいね」
と言って去っていった。

単純に、話を聞いて欲しかったんだと思う。娘さんは遠くにいるし、赤ちゃんを連れている人がいたから、自分の子育てを思い出して懐かしくなったのかもしれない。
警戒しすぎて、冒頭1分はとても無愛想な対応をしてしまったことを後悔した。コロナ禍のコミュニケーション難しい。自分のコミュ力の低さ恨めしい。
この体験を忘れないうちに書こうと、おばあさんの背中を見送った後、ベビーカーを全速力で押して家まで帰った。

おばあさん、あなただけのとても素敵なドキュメンタリーを分けてくれてありがとう。

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