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往復書簡|アタリマエを捨てたら手に入るもの。

お涼さんの記事への返信です。

季節が少しずつ深まり、秋の味覚も充実してきましたね。
わたしにとって秋といえば、味覚の秋。ちなみにいちばん好きな秋のイベントはしいたけ狩りです。しいたけランドというところがありまして、そこでかごいっぱいのしいたけを採り、バーベキューエリアで採れたてのしいたけを焼いて食べるというイベントで、「狩る」という言葉から連想する動的な感じはまったくありませんが、肉厚のしいたけを炭で熱して、水分が出てきたら醤油をほんの少し垂らして食べる、この時の口内の歓びはまさに「祭り」!!アドレナリン大放出ですwww

ちなみに前回は、我が家のルールのほんの一部をお伝えしたところ

「ハラショーっ」と、全世界のお母さん達からのスタンディングオベイションが聞こえるほどの胸のすくようなルールの数々。

なんて過分なお言葉、ありがとうございます。
ちなみにこの程度で暴君ネロと言われちゃうと、ちょっと照れちゃいますね。先日もとあるミーティングで10年以上、米をほとんど洗っていない(年1回ぐらい洗うかな?もちろん無洗米ではない)と言ったところ、めっちゃ驚愕されてしまいました。なので、このあたりは慎重に少しずつカミングアウトしていくほうがいいのではないか?とドキドキしているところです。


さて、すがこさんにも「撤廃したいアタリマエ」って、なんかありますか?

なんて、素敵なパスをありがとうございます!
「あたりまえ体操」ひっさしぶりに見ました。ほんといいとこ突いてくれますよね。
改めてこの「あたりまえ体操」を見て、思いました。

アタリマエ、ひとつもない!!!!www

右足を出して 左足出すと 歩ける ♪

それは、「立てる」「足の長さが揃っている」「足が地面についている」「重力がある」「摩擦が生じる」というたくさんの条件があってこそのことなので、アタリマエじゃない!!!

手首を前に 何回か曲げると ひと来る ♪

これだって、自分の周囲に、自分の動作を気にしてくれているひとがいて、相手が自分に向かって動けるという条件があってのこと。わたしが今ここでPCモニターに対してこの動作をしても、それこそアタリマエだけど誰も来てくれないのです(笑)

全ての物事が「アタリマエ」なのか、そうじゃないのか。それは物事を見るときの視座の多さと、粒度の細かさに依るような気がします。わたしは、こんなふうに理屈っぽく「アタリマエ」撤廃運動に参加しているのですが、この運動にはとても面白い現象が確認されています。

自分の中から「アタリマエ」が減れば減るほど、「豊かさ」が増えていくのです!!

例えば、電気。
わたしが今、このnoteを書くために電気は不可欠なエネルギーですよね。
わたしがスイッチひとつで様々な電気機器を操作して、快適に自己表現をするためには、電気の発明そのものから始まって、ほんとうにたくさんの人が長い年月試行錯誤しながら尽力してくれて、そして今この瞬間も、もっと便利で快適な世界を築こうとしてくれているのです。
わたしのために!

同じことが、全てのインフラ、エンタメ、アートなどに対して言えます。
人工的なものばかりではありません。全ての自然現象とその自然現象を持続可能にしている仕組み、わたしに美しさを感じさせてくれる景色や植物。すべてが生きる歓びを教えてくれます。

わたしが
「まぁ何をやっても、なんとか生きていけるんじゃないか?」
と思えるのは、この金額に直すと天文学的な数字になる豊かさを受け取っているからなのだと思うのです。

そして、お涼さんと出会えたこと。
信州に住むお涼さんと、大阪に住むわたしが、たまたま同じタイミングで同じプロジェクトに参加し、たまたまくじ引きでバディとなり、たまたまお互いnoteをやっていて、たまたま往復書簡を書くことを思いついたこと。
これって、まさしくゴールデンシャワーを浴びているかのような幸運の重なりなんだな、と思っています。

というわけで、今のところわたしの信条は
「豊かになりたければ、アタリマエを捨てましょう」
という感じです。

では、今回はわたしからお涼さんに質問です。


お涼さんがもっとも大事にしている価値観は、なんですか?

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ライティング・ライフ・プロジェクト9期のメンバー募集は、本日10/19(木)中です!!


サポートいただけると、とっても嬉しいです!いただいたサポートは、良きエネルギーとして循環するよう、素敵なことに使わせていただきます。