一つの世界に二つの世界
ポケモンが大好きだ。
新タイトルが発表されたときのドキドキ感は何物にも代えがたく、今度はどんな私(主人公)が、どんな御三家ポケモン(最初に博士から渡される、火、水、草ポケモンのこと)を持って、どんな巨悪(下っぱ幹部のバカっぽさは変わらないのに、近年、○○団たちの信じる理念はどんどん哲学的なものへと進化を遂げている気がする)と戦うのか、日々続報を待つ。
小さい頃、はじめて買ってもらったゲームがポケモンだった。我が家はゲーム禁止令がしかれていた時期が長く、ポケモンも
「ゲームボーイポケットとゲームソフト、姉弟二人で一つ」
という条件でようやく許された。
クリスマス、量販店で唯一売れ残っていたゲームボーイポケットのピンクと、ポケモン赤を買ってもらい、電源を入れた時のことを忘れない。
二人で小さな画面を覗き込み、わーきゃー言いながら最初のパートナーポケモンを決めた。
オーキド博士のもとへ行け、と言われたのに博士がどこにもいなくて、マサラタウンをぐるぐる歩き回った時の疲労感。
半ば諦めかけて外の町へ向かおうとしたとき「ちょっと待つんじゃ!」と探し求めていた張本人から声をかけられたときの喜び。
まるで自分が経験したことのように思い出すのは、
「なんだー、外に出れば良かったのかー」「はやくはやく、次進めて!」
と、弟と一緒に興奮しながらゲームを進めたことが、とてもよい思い出として残っているからだ。
弟が自分のお年玉でポケモン緑を買うまで、
「重要なストーリーは二人一緒に」
「レベル上げならしてもよし」
のルールは守られた。
***
どんな新機能が追加されようと、プレイヤーの目的はシンプルだ。
1、架空のモンスターを集めながらの一人旅。
2、目指すは全ポケモンのゲットと、四天王、そして現チャンピオンを倒し、新たなポケモンチャンピオンになること。
あとにも先にもこの二つ。
この二つを軸に、20年ももたせているのだからすごい。
ポケモンが出た頃、ほんの少しだけ中身が違う二種類のソフトを使って、数いるモンスターを集めるゲームが乱立した記憶があるけれど、もうどれも残っていないだろう。(2年前に赤いネコの妖怪が世の中を席巻した際は軽い不安を覚えたものの、やはり黄色い電気ネズミは強かった)
シリーズが一つ加わるごとに、世界には新しい地方が加わり、ポケモンの物語は広がっていく。
たまに、新たな地方で懐かしい登場人物の名前を聞いたりして、くすっと笑ったあとに、かつてのゲームの記憶を思い出す。
***
そしてポケモンGOだ。
スマホの持つ位置情報機能とポケモンの組み合わせ。
現実の世界にスマホをかざすことで、浮かび上がるもう一つの世界。
すごい、新しい、面白い―――
三十路も間近にそう声を上げるのは子どもじみているだろうか。
「リアルの楽しさを知らない女」
と蔑まれるか。
神社仏閣や、原爆ドームでのプレイは、個人のモラルとマナーの問題だから仕方がない。
ポケスポットやジムを割り振られたくない、という意見ももっともだと思うので、そういう場所は申請を出してゲームの分布から外してもらうなどの工夫をすればよいと思う(事実平和公園が申請を出したと聞いた)。
それでも自分はこの場所でゲームをしたい、という人は、どこであろうとどんな遊びであろうと、やりたいことをやりたい場所でするのだろう。
歩きスマホは……私も気を付ける。
些細な歩きスマホをしがちだった私にとって、今回のポケモンGOの歩きスマホ防止キャンペーンは、いい灸となった。だからポケモンGOは、と言われないよう、歩きメールや歩きSNSもこらえる(当たり前である。反省)。
ただ、ゲームの世界しか知らない、世の中の楽しみを知らない……と言われると、
「そんなわけねぇわ」
とちゃぶ台を引っくり返したくなるのだ。
***
親はいろいろなところに連れていってくれた。山登り、海水浴、遊園地、水族館、映画館、アスレチック、釣り……。
大人になってからは、カラオケ、ビリヤード、ボーリング等々、皆が一度は通る遊びを一通りと、飲ミュニケーションの楽しみや、自分と遠く離れた場所にいる人の話を聞くことで得られる学び、仕事に熱中することの面白さを覚えた。
それでもゲームはゲーム、なのだ。
テストで百点とれたのと同じくらい、四天王を倒せたときは嬉しかったし、ピカチュウを初めて見たときの興奮は、旭山動物園でユキヒョウを触ったときの興奮と等しい。
自分にとって楽しいと思える世界は、一つでなくてはいけないのだろうか。
そんなわけあるかーい!
と、手をメガホンにして叫んでみる。
そういえば昔、ファンタジーやメルヘンの世界についての取材をしたときに、こんなことを聞いた。
「この世界には、目に見える世界の他に、自分にだけにしかわからない、目に見えない世界がある。そう思える人の心は、豊かになっていく」
いつも遊んでいる公園からピカチュウが出てきた!
みんなで昼ごはんを食べたマックがジムになった!
一つの場所に二つの世界がある。
「きのうここで、ピカチュウ出たよ!」
そう言いながら鬼ごっこをする日を想像するのは、なんだか愉快だ。
***
ポケモンGOがリリースされてすぐ、そのためというわけではないらしいが、弟がガラケーをスマホに買い換えた。
「今日、山手線でピカチュウがようやく出たよ」
その顔はかなりむさくるしくなったものの、交わす会話と距離感は当時のままだ。
そして先日、親戚の行事で初めて引き合わせた旦那になる男(29歳)と、従兄の息子(7歳)が、祖母の形見分けに勤しむ大人たちを置いて、二人で近所へ散歩に出掛けた。
初対面の距離を縮めた触媒は……ポケモンGOだ。
「2キロ歩いたー!」
と満足そうに笑う従兄の息子。
21歳の年の差をもろともせず、ああだこうだとポケモンについて語り合う男二人。
リアルな世界では結び付かなかった二人が、もう一つの世界で語り合う光景は、なんだか微笑ましかった。
サポートをご検討いただきありがとうございます! 主に息子のミルク代になります……笑。