パン耳を食べる夫婦の朝は
最近、パン耳ばかり食べている。
「どうしたの? 砂東さん、お金がなくなったの?(お金ライター大賞取ったのに?)」
「可哀そう。ちょっとスキ(サポート)してあげようかな」
と思われるかもしれないが、安心してほしい、そうじゃない。
スキもサポートも……していただけるならちょっと欲しい。
***
事の発端は、息子の離乳食だった。
赤子とは、世の中のありとあらゆる固いものを消化することができない生き物である。
例えば、野菜はじっくり煮て柔らかくすれば食べることができるが、野菜の皮は消化しきることができない(といわれている)。
したがってにんじんやだいこんなどをあげる際は、最初に分厚く皮をむいてからゆでなくてはならないし、何ならパプリカやピーマンも、加熱後に薄皮をむいてから与えるよう指示されている。
てかパプリカならまだしも、ピーマンの皮って。
きみ、どこが皮よ。
よってうちの息子は、生後10ヵ月になる現在もまだ、ピーマンを食べていない。ピーマンからとれる栄養は、他の野菜から摂ってくれろと思っている。
話がそれた。
離乳初期から与えることができるメニューに、「パンがゆ」というものがある。食パンの白い部分を、ミルクや水、スープなんかでぐつぐつ煮て柔らかくした食べものだ。要するに米のおかゆをパンで作る要領である
ここで重要なのは、「白い部分」というところだ。
白い部分しか使わないということは、耳の部分は余るということ。
捨てるにはあまりにももったいない。
だって、元は一枚のパンだったのだ。
耳の部分は、親の口へと飛び込んでゆく。
生後10ヵ月を迎えた今。
息子は、食パンをそのまま食べられるようになった。スティック状に切ってやると、それを手でつかんで、はえたての歯で上手にかみきっている。
なんともほほえましい光景だ。
しかし彼の口はまだ、耳を受け付けない。
白い部分ならはぐきでつぶせるが、耳の部分はつぶせない。ろくにつぶしていない食べ物は、胃が消化してくれない。
彼の食べる食パンは、相変わらず耳がとられて真っ白だ。
切って出すだけの食パンは、1日3回離乳食を作らなくてはならない母からすると、とてもありがたい食べ物だ。我が家では、朝は毎日食パンスティックか、食パンを一口大にちぎってきなこをまぶしたものと決めている。
毎日パンを食べる。食べる。食べる。
白い部分だけ食べる。食べる。食べる。
……
…………
………………。
…………耳の消費が追い付かない!
***
息子がまだ離乳食を食べていなかったころ、夫が高級食パンにハマった時期がちょっとだけあった。
高密度とか、とろける食感とか、あらゆる文言で持ち上げられたそれらのパンは、私の中で食パン革命を起こした。
それまで私は、食パンはトーストしなければおいしくない、と思い込んでいたのである。
しかし、夫が買ってきた名のある店のパンはそうでなかった。
薄切りにしてそのまま食べて十分おいしい。もっといえば、ブロック状のそれをそのままちぎって食べてしまいたいくらいおいしい。
トーストしなければおいしくない、と思っていた原因の一つは、「耳」だ。
耳と呼んでいるのは日本だけで、海外ではこの部分を単純に「皮」とか、もっとひどいと「かかと」とか呼んでいるという。がさがさのかかとを見ながら、道理だなと思った。
しかし高級食パン屋の食パンの耳は違った。かかとどころか、赤子のもちもちの肌を思わせる柔らかさ。白い部分とほとんど変わらない食感で、あの歯で引きちぎらないといけない硬さがない。
耳を残したくなるどころか、積極的に「耳食べるよ!」と言いたくなるおいしさだ。
いいパンって、耳までおいしいんだ……。
三十路に入って初めて知った感動であった。
***
息子の離乳食に使っているパンは、Pa〇coの〇熟である。
添加物が入っておらず、卵も使っていないため、赤ちゃんにあげても安心な食パンだ。
これがけっこうおいしい。
息子が生まれる前まで我が家で食べていたのは、スーパーで一番安いパンだったから、当然耳もそれなりの耳だった。
しかし超〇は違った。
回しものみたいになるけれど、スーパーで買う食パンでも、お値段それなりのものは、それなりの味がするんだな、と納得した。
高級食パンほどではないけれど、その辺のチェーンのベーカリーには並ぶ。全然競える。肩並べられる。耳も並べられる。なんだそれ。
息子もおいしそうに食べている。
なんなら米よりパンの方が好きそうで、彼に和食を伝えねばならない身としては若干の危機感を覚えているのだが、米よりパンにこだわっている(米はごく普通に大人が食べているのと同じ安いものを与えている)のだから仕方がないと言えば仕方がない。
そんなおいしいパンの、耳の部分が大量に余るのだ。
さっきも言ったが、元は一枚のパンだった。
一斤の食パンだった。
捨てるのはもったいなさすぎる。
***
そんなわけで我が家では、パン耳を冷凍しておき、休日に夫と二人がかりで一気に食べてしまうことにした。
パンを食べるようにパン耳を食べるのである。
どうにも見た目がひもじいが(パン屋で破格もしくは無料で売っているイメージが強いからだろうか)、思い出してほしい。これだって元は一斤の食パン(以下略)。
「パン耳」「レシピ」で検索すると、意外や意外、世の中にはたくさんのパン耳レシピが存在している(そういえば、先クールのドラマ『凪のお暇』でもパン耳ポッキーが出てきていたもんな)。
パン耳を使ったフレンチトースト、パン耳を使ったパンプティング……。とてもじゃないけど端材を使ったとは思えないごちそう感だ。きっと、料理上手な奥様が素敵なサンドイッチを作った後の端材なのだろう。
そんなわけで以下、料理上手でもなければ素敵なサンドイッチも別に作れない私のパン耳レシピを書き残しておきたい。
①フライパンにバターを溶かす。
②パン耳を投入し、ちょっと焦げ目がつくまで炒める。
③砂糖とシナモンを振りかける。
以上。
これがちょっと癖になっちゃうおいしさなのだ。
本来トーストとは、トースターよりフライパンで作った方がおいしいんだそうで、その法則はどうやら耳においても当てはまるらしい。
ポイントはバターを多めに入れることと、パン耳がカリっとなるまで焼くこと。
夫は新婚当初、ちょっと張り切って休日のブランチにクロックムッシュ(ハムとチーズを挟んだ焼きサンドイッチ)を作った際、余った耳で作ったこれを非常に気に入り、
「そっち(クロックムッシュ)なくていいからこれ(焼いたパン耳に砂糖とシナモンかけたやつ)だけでも食べたい!」
とほざきやがった。以来滅多にブランチなんぞ作らない(しかしまあ、パン耳だけの朝食に文句を言わないのは非常にありがたい)。
ちなみに息子は最近、この炒めた耳を、手を伸ばして取ろうとしてくる。
自分が食べているものよりもおいしいものだと思っているのだろうか。
息子よ。
父も母も、きみのために耳を食べているのですよ。
そんなことを言ってもわかるわけがないから、今日も我々夫婦は黙ったままもしゃもしゃと、おいしくパン耳を食べるのだった。
サポートをご検討いただきありがとうございます! 主に息子のミルク代になります……笑。