バントは本当に無意味なのか
1,損益分岐点的にはバントは無意味
またか、と思いながら聞いている。
バントが損益分岐点的には打率.103以下の選手以外にやる必要がない、という論調が世間を巻き起こしている。
今更バント論など語りたくもないのだが、これに伴って二番打者最強打者論と一緒に語られることが多いため、改めて持論を書いておこうと思う。
ちなみに二番打者論に関して言えば私は以前語っているので参考にされたし。
ここでは二番打者にホームランを打てる強打者を置くことはチームの成績に対しての影響はあまりなく、また、二番打者がバントというのもかなり印象論的である、という話をした。
また、ここ2010年代のソフトバンクホークスを例に出して二番打者がどういう展開をしていたかを改めて語った。
つまり二番打者=バントというのは偏見で、バントそのものが多かったわけではなく、バントや右打ちを選べる打者が二番に添えられると強く、それでもホームランは少なくとも足が速かったりする一番打者的な傾向とホームランも十分狙える三番打者的傾向の二パターンの構成になる、という話をした。
この論はいまだに変わらない。
しかし世間はいまだにバントは旧世代のプレーとばかりに統計学と共に強い批判を行う。特に統計学者を絶対的中心とした人にその傾向は強い。
本当にバントはいらなくなったのだろうか。
2,プロ野球と犠打数
ここ数年のセリーグで一番犠打が少ないチームはどこかご存じだろうか。
それは意外と思われるだろうが巨人なのである。
2022年の巨人の犠打数は73。セリーグどころか二位の埼玉西武ライオンズの78を抑えて一位である。
特に巨人は犠打が少なく2021年は48のぶっちぎり一位。二位のオリックス・バファローズの80を完全に上回っている。
2020年は横浜DeNAベイスターズが51と最小。追う形でヤクルトが56。巨人が59とコロナ禍で120試合と減少しながらも少ない。
2019年で初めてパリーグの西武、日本ハム78が最小、というケースになっている。
巨人が100犠打をするのは2016年までさかのぼる。基本的にセリーグでは打力を重視するヤクルトや横浜が犠打100を割るケースが多く、一方で機動力を武器にする傾向のある阪神、広島、中日は100を超えることが多い。
それでも2022年以降は巨人、ヤクルト以外は100犠打を超えており、平均すると1,2試合に一度は犠打を決めている計算になる。
一方で面白いのが2022年のオリックス・バファローズは114とパリーグで一番犠打を決めている。2021年はパリーグ最小の80犠打であったのにもかかわらず2022年急激に増加しているのは面白い。
個人成績を見てみると最多犠打は2021年に宗佑磨、安達了一が14。次いで福田周平が10。2022年は伏見寅威が16、福田が14とある程度固定された面々はいるもののそのおおよそが20を切っている、という面白い結果が出ている。
個人一人一人にはさほどバントをさせていないがチームではバントが増加しているのだ。
こうなってくると統計学的な損益分岐点が確実に有用であるのか、怪しくなってくる。
3,バファローズの変化
オリックス・バファローズの大きな変更が起きたのはチーム事情によるものだろう。
2021年は打棒がさく裂した杉本裕太郎が2022年に落ち込んでしまったことが要因に挙げられる。吉田正尚、杉本を中心とした強打のチームから杉本の不調からチームスタイルの変更を余儀なくされ、吉田をポイントゲッターとして機能させようとした意図が読み取れる。
2021年では杉本(83打点)、吉田(72打点)、T-岡田(63打点)という強打の面々が打つことで成り立っていた。そのため犠打などをあまり必要としておらず、一番の福田や二番の宗が犠打を決める、というパターンが多い。
犠打で二番目につける福田が一番打者というのも面白い。
チーム打点数は520。リーグでは3番目にあたる。
それが吉田のみになるのだからチームが優勝したのは実に面白い結末だ。
2021年と2022年のオリックス・バファローズは全く違うチームになっているということなのだ。
チーム打点数も466と少ない。リーグ4位に落ちている。本塁打に至ってはリーグ最下位の89。セパ両方でも中日、阪神に続きワースト3位である。
それでもオリックスは2022年も優勝しているのである。
一方、バントが減っていった巨人は2020年こそ首位であったものの21年は三位、22年は四位とどんどん下降していっている。
この結末をみて、果たして「バントせず強行策に出る」ことが果たして正義といえるのだろうか。
犠打が多ければ勝てるわけではないが、犠打を極力排除すれば勝てるわけではない、というのは記録が物語っているだろう。
4、データで人は野球をやるわけではない
結局のところバントの損益分岐点というのはすべてのデータを集計して出した”平均値”であって”中央値”ではないことがわかる。
平均値は過去多くのデータとして活用されてきたが、近年では現状に即していないことが多く中央値を図ることも増えてきた。だから平均値を出してそれがあたかも真実のように語っていても現状の事実とはかなり食い違うことは多くの統計学が特に近年表しているところだ。
このようにバントの損益分岐点もまた現状と食い違っているものであるといっても差し支えない。
それをさも「正しい」というのは目の前の数字を弄って遊んでいるだけに他ならない。試合の中に数値を超えた要素が多数転がっており、それが今までの試合結果に表れている。
しかしながら完全に無視もできない。
事実2020年の巨人、2021年のオリックスは犠打が最小ながら優勝に行きついている。バントを多く行うことが勝利へ近づくことではないことをきちんと証明しているともいえる。
ではなにが違うのか。
それは選手であろう。
例えば2020年巨人には坂本勇人、岡本和真、丸佳浩の強力なクリーンアップが形成され、中島裕之、大城卓也、ウィーラーといった長打率.400超えの選手が多くいたからこそ犠打を必要としなかったといえる。
2021年オリックスは吉田、杉本という長打率.500越えの選手がいたことがバントをする必要性を失った結果が数字に表れたというだけで、杉本やT-岡田の離脱と共にその方程式が失われている。
一方2022年は中川圭太が存在感を示し、杉本の穴を埋めるもののやはり力不足は否めず、吉田に繋げる打線を意識したため犠打が増えた。
2023年今日現在の成績を見ても森友哉、頓宮裕真、中川が本格的に台頭。杉本も復調の兆しが出ており、本塁打20の選手はいないながらも長打率.400超えの選手が多く並ぶ。そのためやはりバントは減少傾向にある。
チームの現状と打線に照らし合わせてチーム得点に犠打を必要とするか否か、という問題が発生するのであり、犠打を最初から減らせという論理はそもそもチーム事情をくみ取っていない論であることがよくわかる。
打てない、もしくは打てても長打率が低いのならば打撃に積極的である必要はないし、長打率が高く見込める選手がそろっているのなら犠打を極力減らして戦っていけばいい。
そこに統計学が入ってくる余地はない。むしろ、なぜ強かったのかを精査するためのものであり、未来の強さを保証するものではない。
最後になるが、そろそろ数字を使ってあれこれ言う人には
「野球は人がやるスポーツ」
であることを理解してもらいたい。
野球ゲームのようにステータスと調子で選手の成績が決定するわけではない。多くの要素が重なり、それを人同士が争って初めて成績が出てくるのであり、スイングするボタンを押せば勝手にバットを振ってくれるような世界ではない。
それを忘れてしまうから、目の前の数字に疑いもせず、さも正しいように思いこんでしまうのだ。
データは例によってウスコイ企画さんより日本プロ野球記録からお借りしました。
https://2689web.com/
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