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ショートショート 「処方箋の意味すること」

#ショートショート


都会から少し離れた住宅街で町医者を営む

G医師は、地域住民に信頼されており、

”良い先生”としてこの辺ではちょっとした有名人だった。

G医師のクリニックで重症患者の対処は難しくとも、

そんなものはG医師に紹介状を書いてもらえば良い。

G医師の営むクリニックには

今日も、身体に少しだけ不調のある地域の住人たちがやってくる。

「G先生、子どもが熱っぽくて・・・」

「G先生、喘息の具合が最近悪くなって・・・」

「G先生、指先の痺れがひどくなってね・・・」

G医師は誰に対しても誠実に対応する。

丁寧に検査をして、診察して、そして患者にぴったりの薬を出す。

薬が必要なさそうな患者であれば、

膝をつき合わせてゆっくりと話を聴き、心を癒した。

「G先生、この前はありがとう。おかげで子どもは元気になりました。」

「G先生、この前の薬、ピッタリだよ。ずいぶん楽になった。」

「G先生、いつも話を聴いてくれてありがとう。ここで話すと落ち着いてくるのよね。」

G医師の最後の言葉は決まってこうだ。

「なにかあってからでは遅いですから。きちんと、出されたお薬を、処方箋通りに飲んでくださいね。」

G医師の妻はどうも薬剤師らしく、

処方箋通りに、用法用量は正しく、ということをいつも言っていた。



”どんな悩みも解決してくれる、凄腕の医者がいるらしい。”

隣町では、G医師の噂が尾ひれをつけて出回るようになっていた。

ここ最近G医師のクリニックでは、噂を聞きつけた隣町からの患者が増え、

以前にも増して大忙しだった。

患者の年代、患者の悩みも幅広いものになっていたが、G医師は評判に違わぬ活躍ぶりを見せていた。

「G先生、噂を聞いて隣町から来ました。どうもコレステロールがなかなか下がらなくて・・・」

このようなありふれた悩みから、

「G先生、どんな悩みも解決してくれるんですって?では簡単に痩せられる薬をお願いします。」

「G先生、私は疲労回復を。1時間の眠りで10時間回復するような薬を出してください。」

「G先生、若返りの薬と肌がキレイになる薬をください。あ、あと、異性からモテる薬なんかもあったら。G先生なら用意できますよね?なにせどんな悩みも解決してくれるんでしょう??」

こんな悩み、いや、希望を語るものまで増えた。

G医師は変わらず、いつものように、決まって繰り返した。

「なにかあってからでは遅いですから。きちんと、出されたお薬を、処方箋通りに飲んでくださいね。」



しばらくすると、G医師から薬をもらった隣町の住人たちから歓喜の声が上がるようになった。

”私は本当に痩せた!”

”私は疲労がなくなった!”

”噂は本当だった。どんな悩みも解決してくれる、凄腕の医者がいる。”

クチコミはあっという間に広がり、G医師のクリニックはますます忙しくなっていった。

どんな病気にも効く万能薬、目が良くなる薬、楽しい夢が見れる薬、ハゲが治る薬、頭が良くなる薬、面白くなる薬、隣町の人々は際限なく薬を欲し続けた。



数ヶ月後。

少しずつ隣町の”G医師ブーム”は落ち着き、クリニックを訪れる患者はもとの地域住民ばかりになった。

クリニックの昼休憩中、G医師がぽろっとつぶやいた。

「やっと落ち着いてきたね。隣町の人たち、副作用に苦しんでないといいけど。」

医療事務のスタッフが聞いた。

「副作用ですか?」

G医師が答える。

「そう。僕が出す薬はさ、用法用量を間違わなければすごくよく効くんだ。でもさ、用法用量を破ると、薬で抑えていたところが一気に返ってくるの。あとは楽して良くなったら、薬をやめられなくなっちゃう人もいるよね。」

「なるほど。そういえば隣町の皆さん、病気というか、なんかもう色んなこと言ってきましたよね。どうなったんだか。」

「そもそも飲む必要のない薬を”楽をしたいから”とか、”これを叶えるため”って手を出すのは違うと僕は思うの。自己管理ができてる人とか、自分が幸せになる方法を知ってる人は、こんな薬なんかに頼らないと思うんだよね。」

最後に一言、G医師は言った。

「だから僕はいつも、”きちんと、出されたお薬を、処方箋通りに飲んでくださいね。”って言うのさ。」


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