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イタリアを思ふ

ご無沙汰しております!

コミュニケーションであなたの人生をハッピーにする講師

まりりんです❣️

お久しぶりに記事を読んでいただきありがとうございます。

最近はコロナコロナと騒がれていますが

これを読んでくださっている皆さんは体調はいかがでしょうか?

私は、病院勤務もしておりますが

日々、患者に感染をさせないように、感染防御に勤めています。

さて、今回のお題は【イタリアを思ふ】です。

なぜ、このお題にしようかと思ったかというと、

どうしても伝えたいことがあるからです。

今では、1000人以上の死者を出しているイタリアですが、

私が1番気に掛けるのは、そこで働いている医療スタッフです。

医療現場というのは、生と死がある現場です。

特に、働く医療者にとってストレスになるのは

[患者の旅立ち]です。

実際に、ある文献では、

『臨床経験が浅いと死への猛威を覚え

無力感や喪失感を感じる。

一方、臨床経験が豊かであると家族の悲しみに目を向け

"自分自信が十分関われなかった","もっと良いケアができたのではないか"

などの[ケアとしての看取り]について自責の念を持ち、無力感を感じる』

と言われています。

このことから、患者の旅立ちには臨床経験が浅くても、豊かでも

ストレスが生じることがわかります。

実際に、私も看護師として勤務していた時には患者の旅立ちの時に

「この方のための適切なケアがあったのではないか?

もっと自分ができることがあったのではないか?」

と悩んでいたことがありました。

さて、話をイタリアに戻します。

イタリアでは、「救えるはずの命が救えない」

という記事を見かけたことがあります。

これは、医療従事者にとっては想像も絶するストレスだと

私は思います。

なんて表現したらいいのか正直これを書いている私も困惑していますが

例え話にするのなら、「このお金があれば子どもにご飯を食べさせられた。

存続できたはずの会社が存続できない。守れるはずの社員が守れない」

というような感じのストレスと同じような感覚だと思ってもらえたらな

と思います。

なので、私はイタリアの医療スタッフに一言伝えたい。

「どうか、あなた自身を敬ってください。そして、医療現場にも

あなたにも安息な日が訪れる事を心より願っています」と。

これを英語やイタリア語に訳せないのはちょっぴり悲しいですが

私の想いが1人でも多くの医療スタッフに届く事を願っています。

以上が、今回のイタリアを思ふという記事でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございます!

次回からは、コミュニケーションやわくわくする人生について

お伝えしていきます!

また、あなたにお会いできる事を楽しみにしています!

手洗い、うがいをしっかりと行い

美味しい物を食べ、笑ってコロナ対策していきましょう!

では、また次回お会いしましょう❣️

参考文献:終末期がん看護ケアに対する一般病棟看護師の困難・ストレスに関する文献検討




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