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特別展「国宝 聖林寺十一面観音 -三輪山信仰のみほとけ」

待ちに待った聖林寺展

聖林寺・十一面観音立像。
全国には何千何万と祀られる仏像の中で、特に十一面観音は古代から人気があり、多くの寺院に祀られている。1000年以上、日本人に愛されてきた十一面観音様。その中でも国宝に指定されているのは7躯しかない。そのうちの1躯が奈良県桜井市・聖林寺に安置される十一面観音様だ。
明治期に三輪山の麓からこの地に移ってきた観音様。昭和に造られた日本最初のコンクリート製のお堂で60年以上も過ごされてきた。古くなってきたお堂は耐震工事が必要となり、この度新しい観音堂へと改修されることになった。お堂工事のため観音様は一時的に堂外へ出ることに。そしてその期間中、東京、そして奈良で展覧会を開催することになった。

2021年夏、聖林寺・十一面観音様は、1200年の歴史上初めて大和国を出られた。コロナ禍でのご出陳、お堂改修事業のことも含めて、倉本ご住職はさぞ苦慮されたことだろうと思う。3ヶ月近い東京での滞在を無事終え、先ごろ改めて大和の地へ戻ってこられた。そして待ちに待った奈良国立博物館での特別展である。

いざ、プレスプレビュー

2/4㈮、午前9時。
私は奈良国立博物館の前にいた。今日は「特別展『国宝 聖林寺十一面観音 -三輪山信仰のみほとけ』」の内覧会、午前中は報道陣にのみ開放されるプレスプレビュー。ありがたいことにご住職からお声かけいただき、更にはプレスプレビュー前に行われる法要も見学できることに。ただただ感謝である。

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奈良国立博物館についてまず目に入った看板。まずこのデザインが嬉しかった。
大きな文字で「聖林寺十一面観音」と書かれてはいるものの、看板には同列に並べられた聖林寺・十一面観音様と法隆寺・地蔵菩薩様。そうなのである。仏様に優劣はない。かつて同じお堂にいらっしゃった2躯の仏様。それらは共に尊く、共に気高い。

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振り返って新館の壁を見ると、こちらも4躯揃ったデザイン。このあとのプレビュー時にご住職が「同窓会感」と語ったように、仲良く並ぶ4躯の仏様がなんだか微笑ましく、そして誇らしいように感じた。

これが見たかった

展示室内へ。
東京国立博物館での展示ももちろん見に行ったのだが、トーハクでの展示を経て奈良博がどのような形で展示を生み出すのか、個人的に非常に楽しみにしていた。巡回展というと、展示内容がまるっと移動してくるだけのように思われるかもしれないが、実はそんなことはない。それぞれの会場となる博物館の学芸員・研究員が、思いやポリシーをもって展示を演出する。奈良が世界に誇る聖林寺・十一面観音立像である。観音様生誕の地・奈良での特別展は、奈良博の腕の見せ所なのである。

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展示室に入った瞬間、興奮のあまり一緒に行っていた知人の腕を連打していた。これだ。これが見たかったのだ。
余計な演出はいらない、十一面観音様はそこに存在するだけで美しい。

素直に、こんな展示が見たかったのだと思った。日本一と言ってもいいほどの美しく気高い観音様に対して、我々ができることは限られている。そして、その観音様の魅力を一番に引き出すことができるのは、おそらく漆黒の背景に境のない空間。
奈良博様、本当にありがとうございます。

見守るものたち

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倉本ご住職とご子息2人による法要。
法要の間、ご住職は観音様と対話をされていたのかもしれない。観音様を見つめるご住職の表情はマスクに隠れて細かくわからないものの、ずっとお互いを見守り続けてきた信頼関係の上に心を通わせあっているような、そんな雰囲気がした。ご住職の後ろにはご子息たち、心強い。ご住職家族と観音様が見つめあう、穏やかで優しい法要であった。

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会場には、他にも法要を見つめるものたちがいた。
法隆寺・地蔵菩薩様、正暦寺・日光月光菩薩様。彼らはかつて、大御輪寺(現・大神神社若宮社)で十一面観音様と共に祀られていた仏様たち。
今回の展示で一番心に残ったのがこの配置であった。聖林寺・十一面観音を中心に、向かって左に法隆寺・地蔵菩薩、右に正暦寺・日光月光菩薩。大御輪寺のお堂内ではおそらく横並びにご安置されていたであろう4躯の仏様たちが、観音様を囲むように並んでいる。
普段、法隆寺・大宝蔵院でお見掛けする地蔵菩薩様は、平安前期の重量感ある一木造のお姿であることも相まって、優しさよりも威厳に満ちた、少し恐れを感じるほどの迫力があった。それが今回はどうだ。こんなに優しいお顔をされている。なんなら微笑んでいるようにも見える。お地蔵様越しで見る会場は、「久しぶりに集まれてよかったね」とお地蔵様が語りかけているような、そんな温かい空気に包まれていた。
※お地蔵様の優しい表情は、是非現地にてお確かめください。

聖林寺へも是非

展覧会は2022年3月27日㈰まで。うっかりしているとあっという間に終わってしまう。気づいたときにすぐに行くべきである。ご住職もおっしゃっていたが、今後、観音様が寺外に出ることはほぼないと思われる。それこそ令和観音堂修理のほころびが出始める50年後、いや100年後かもしれない。聖林寺へ戻られると、観音様は真新しいお堂の中へ入られるが、そこにはガラスケースがある。観音様を次の1000年に残すためには必要なことではあるが、ガラスを通さず見られるのは今しかない、奈良博しかないのである。観音様と同じ空気を吸い、間近でそのお姿を拝める喜び。是非とも会期中にお越しいただきたい。

そして大事なことがもう一つ。今、聖林寺は観音様が不在のこともあり、訪れる人が少ない。聖林寺にはご本尊である大きな大きな石のお地蔵様がいらっしゃる。皆様が来られるのを待っている。聖林寺は十一面観音様で知られてはいるが、お地蔵様が見守るお寺でもあるのだ。
かつての観音様の住処であった三輪山を望む場所に聖林寺はある。明治期、神仏分離令を受け居場所がなくなりかけた観音様。その際、当時のご住職は観音様を快くお寺に迎え入れた。観音様不在の今の聖林寺は、明治期までの聖林寺の姿なのかもしれない。観音様のお帰りを待つ今の聖林寺にも、是非お参りいただきたい。
聖林寺の石段をのぼり、本堂へと上がって縁側から三輪山を眺める。その先には奈良国立博物館があり、更に北には観音様が造られたとされる東大寺(東大寺造仏所)がある。
聖林寺に行って、そこから見える景色を味わってほしい。かつて観音様を迎えたご住職の見つめた景色が、今もそこに広がっているはずである。

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