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本のある風景

一番落ち着く場所はと聞かれたら、迷わず、本のある場所と答える。
書店、古本屋、図書館、ブックカフェ。
旅先で泊まった宿に本が置いてあると、じんわり嬉しい。

本のある場所は、空気のなかに、山ほどの知識や生き方や物語やことばが充満していて、それらがひしひしと身を包み、私という存在は小さく小さく萎んでいく。
世の中にはこれほどたくさんの知らないことがあって、それらは決して完全制覇できるものではないということ。
達成したつもりでいたことが、実はとてもちっぽけな領域でしかないということ。
まさに、大海を目の当たりにした、井の中の蛙だ。

だけど、自分の小ささに気づけるということは、今の時代では稀有なことじゃないだろうか。
ネットさえあれば、家に居たまま世界旅行ができる。
絶景が見たければ、いくらでも美しい画像を探しだせる。
知らないことがあっても、検索すればすぐに誰かが教えてくれる。
手足も視界も知識も丸ごとクラウド上に預けたみたいに、私たちは、借りものの五感や脳を駆使して、果てしなく延長していく。
でもそうすると時々、一体どこまでが自分なのか、区別がつかなくなる。
本当は井戸のなかで泳いでいるのに、無理をして仮想の大海を泳ぎ続け、身も心も疲れ切ってしまう。

だから、泳ぎ疲れたら、本のある場所へ行こう。

世の中にはこれほどたくさんの知らないことがあって、だけどそのうちのいくつかは、自分も知っていると気づく。
自分一人だけが到達したと思っていたことが、実は他にも、同じ景色を見ていた人がいるらしいと知る。
自分の小ささを思い知るということは、居場所をたしかめ、自分が立っている場所に自負と喜びを見つけることでもある。

美しい本の海は、すべてを泳ぎ切ろうなどと傲慢な挑戦をしてはいけない。
ただただ、憧れをもって、読み続けていよう。

最後まで読んでくださってありがとうございます。 わずかでも、誰かの心の底に届くものが書けたらいいなあと願いつつ、プロを目指して日々精進中の作家の卵です。 もしも価値のある読み物だと感じたら、大変励みになりますので、ご支援の程よろしくお願い致します。