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みんなが知らないギターマンドリンの世界 -名曲と名演-

ギターマンドリンはニッチな音楽です。

オーケストラや吹奏楽と比べるまでもなく、演奏の機会が少ないですし、存在そのものが知られていません。
私自身も、高校でギターマンドリン部を目にするまで、聞いたこともありませんでした。

一方、演奏者をはじめ、マンドリン音楽に関わる方々の熱量が高いのも、特徴のひとつだと思います。

ニッチとは、生物学では「生物の種や個体群が占める特有の生息場所」をいいます。(出典:コトバンク)
冒頭で、マイナーとせず、ニッチと書いたのは、これを踏まえたものです。

オケやブラスとは違う、マンドリン特有の生息場所。

残念ながら、今も昔も、マンドリンを描いた記事は少ないのが実情です。
高校、大学と、ギターマンドリンの世界に身を置いた者として、その思い出の音楽と演奏を、少しばかり書き留めていきたいと思います。 

パストラル・ファンタジー(藤掛廣幸/1975年)

最初に取り上げるのは、パストラル・ファンタジー。
藤掛先生の数ある名曲のなかでも、やはり一番の代表作でしょう。

全国高等学校ギター・マンドリン音楽コンクール(全国高校ギター・マンドリンフェスティバルを含む。以下「全国大会」)でも、「星空のコンチェルト」と並び、同氏の作品では最多の20回演奏されています。(2023年2月時点)

始まりはAndate。
ともすると中盤のAllegroにばかり目がいきがちですが、この曲は前半をどうこなすかが問われていると考えます。
細やかなダイナミクス、緩急の表現。楽団のカラーが出る一曲です。
Allegroの直前、低音のモチーフをどう弾くかも、意外と解釈が異なります。

Allegro ma non troppoでも、トレモロを入れるかピッキングで通すか、好みが分かれることでしょう。
ちなみに、私はトレモロ派です。

フーガでは、ギターやマンドセロ、コントラバスも大活躍しますので、低音フリークの皆さんには強くおすすめいたします。低音万歳!

この曲は2010年に完全新版が発表され、
「旧版より何倍も効果的に響くように書かれています」(藤掛先生)
とされていますが、やはり慣れ親しんだ原曲が忘れられません。
もっとも、何度か改訂されているという話もあり、私が演奏したのがどの版かは定かではありません。 

高校時代は弾く機会に恵まれず、大学の定期演奏会で、念願かなって指揮を振ることができました。
藤掛先生の作品では、「トレピック・プレリュード」についても書きたいことが山ほどあるのですが、別の機会に。 

舞踊風組曲第2番(久保田孝/1983年)

続いては、久保田先生の代表作。
全国大会で29回演奏されています。他にももちろん素晴らしい作品はありますが、氏の代名詞と言っていいと思います。

「舞踊風組曲」という題名には、エレガントさとあわせて何か不思議な印象を持っていたのですが、
バルトークの「舞踊組曲」の手法をお手本に、しかし語感を重視して「舞踊風組曲」とした、と久保田先生が語っておられました。

こうしたお話をYou Tubeで聞けるのは、コロナ禍の副産物と言えるかもしれません。

冒頭から変拍子が続きますが、不安定な印象はまったくなく、華麗に曲が進んでいきます。
Lentoからは一転落ち着き、しんしんと雪が降るような静謐な空間が広がります。

そして、Allegroからがこの曲の見せ場。変拍子の伴奏に乗せて、低音から高音へ、次々とメロディが受け渡されていき、盛り上がりは最高潮に達します。
ギターでついていくのは厳しいものがありましたが、なんとか弾けるようになりたい!
その一心で練習を重ねました。

数多くのパーカッションが入る曲で、すべてを揃えるのは難しいかもしれませんが、せめてウィンドチャイムと銅鑼だけでもあれば締まった演奏になります。

高校時代、全国大会でこの曲を演奏し、会場におられた久保田先生にサインをいただいたのもいい思い出です。  

2つの動機(吉水秀徳/1982年)

「プレリュード2」、「3 Dimensions」など、名作が多い吉水先生からは、「2つの動機」を選びました。
動機と書いて「モチーフ」と読みます。通称「ふたモチ」。

重く、沈鬱な低音部から始まり、次第に高音、そしてフルートが入ってくると、歌うような流れに身をゆだねることができます。心地よい感覚。

中盤、急き立てられるように一気に盛り上がってからのグランドポーズ、そして変拍子が続くフレーズは、難しさよりも演奏の楽しさに身体中が沸き立ちます。
各パートの掛け合いも気持ち良く、この曲を聴いていると、そして演奏していると、

あぁ、音楽っていいなぁ

と、心の底から感じられます。

なお、ARTE TOKYOの演奏は、そんな感傷を根底から吹き飛ばす快演。
一度聴いてみてください。

この曲は、現役時代には演奏する機会がなく、高校の定期演奏会OBステージで弾くことができました。
聴けば聴くほど味わい深く、スコアを購入して研究したのを覚えています。
多くの曲にありがちな「この方がいいのに」とか「ここは余分だな」という部分が一切ありません。

つくづく、完成された曲だと思います。 

劇的序楽「細川ガラシャ」(鈴木静一/1968年)

格好いい。
その一言です。

暗転した舞台、ナレーションでガラシャの生涯が語られます。
明智光秀の娘として生まれ、細川忠興に嫁ぎ、キリシタンとなったこと。関ヶ原の戦いの直前、石田三成に襲われ壮絶な最期を遂げたこと。

―― 散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ ――

辞世の句が読み上げられ、照明がつくまさにその瞬間、悲劇的なフォルティッシモで演奏が始まります。

どの団体の演奏会だったか、残念ながら覚えていませんが、その情景だけは今でも鮮烈に記憶に残っています。

戦乱の世を感じさせるAllegro、信仰に救いを求めたAndante。
ギターのアルペジオを背に、張り詰めた糸のように進むフルートのソロは、こればかりはマンドリンでは代えることができません。

聖歌の再現、破滅へ向かうPresto。
パーカッションが入っているとかき消されますが、低音のアクセントはこの一音にかける思いで弾いてほしいところです。
最後は再びフルートのソロ。命の火が消えるように、終わりを迎えます。

タクトのほんの少しの上げ下げにも気を遣う、極度の緊張感がこの曲の持ち味。
指揮をできて良かった、そう思える曲の一つです。 

歌劇「売られた花嫁」序曲(B.スメタナ/1866年)

最後は外国作品から。
ほかの4曲と異なり、これだけは演奏経験がありません。

モルダウで知られる「わが祖国」のスメタナの作品で、最初から最後まで、とてつもない速弾きが展開されます。
おそらく、これがマンドリン音楽の一つの限界点ではないでしょうか。

全国大会でこの曲が演奏されたのは2回だけ。
それも、同じ第30回大会のときでした。
広島県の比治山女子中学高校と、東京都の明治大学附属明治中学高校。
いずれも2日目の午後だったと記憶しています。素晴らしい名演でした。

特に比治山女子の演奏は、どれだけ言葉を尽くしても説明できないほどのものです。

総毛立つ、というのはあまりいい意味ではありませんが、全身の毛が逆立つというのを実感したのは、後にも先にもこのときだけです。
あまりの速弾きの凄まじさに、まるで蜂の羽音かと思うほどでした。

後に、同校の定期演奏会でも間近で聴くことができ、感動を新たにしたものです。 

全国大会だけでも50年以上の歴史があり、私が語れるのはその僅か一部分にすぎませんが、高校ギターマンドリン音楽からただ1曲を選ぶなら、この比治山女子の「売られた花嫁」を挙げます。 

(もう1曲選べるなら、第29回大会、広島女学院中学高校の「妖精組曲」より第4曲「シルフ」(二橋潤一)。吸い込まれるような名演でした。)

 

以上、特に印象深い5曲を取り上げました。 

いまこのときも、全国各地で素晴らしい演奏が生まれていることと思います。
特に高校生たち。心から応援しています。

ギターマンドリンを楽しみましょう!

 

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