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02.若い世代に伝えたいこと

 ここだけの話だが、勇敢な社畜の魂は死後にヴァルハラ(※1)へと導かれる。社畜たちの魂はエインヘリャルとして死後の世界でも働き続けるのだが、そこはつらかった現世とは違いサラリーマンの喜びを凝縮した世界だ。
 営業で外回りすれば面白いように契約がバンバン取れる。先方に頭を下げる必要もない。むしろ相手方が土下座をしながら「売ってください」と懇願してくる有様だ。なので、ノルマはすぐにこなせる。空いた時間はパチンコ屋でおさぼりしても問題ない。
 会社に戻っても細かい事にネチネチうるさい経理や、理不尽な事を要求してくる上司はいない。代わりにいるのはボインボインな秘書と容姿端麗な女子社員たち。島耕作みたいに節操なく手を出しても問題ない。何故ならここはヴァルハラ。勇敢だった社畜のボーナスステージだ。
 夜は夜で得意先からの接待責め。媚びへつらってくる得意先と、先方の経費負担で高級クラブやキャバクラ巡り。そこにいるのはボインボインなママや容姿端麗なキャバ嬢たち。もちろん、ここでも島耕作流の立ち回りだ。ヴァルハラだからしょうがない。
 
 このようにヴァルハラは素晴らしい世界だ。だが、辿り着けるのはほんの一握りの勇敢な者たちだけ。私は辿り着けなかった。

 今から約10年前、私はヴァルハラへ向けて猫まっしぐらな状態だった。東京で社畜という畜生道に堕ちていた当時の私は朝の8時に出勤、8時45分に会社へ到着、始業時間の9時からひたすら働き続け、帰ってくるのはおおむね22時過ぎ。日付が変わってからの帰宅も珍しくない。仕事が終わったら自宅最寄り駅の近くで牛丼を食って寝るだけ。そんなプライベートは充実してないけど残業だけはやたらと充実してる日々を送っていたのだが、事情があって道半ばで社畜を卒業せざるを得なかった。
 私という老兵は去った。これからは若い社畜たちの時代だ。私の代わりに、私が目指した場所に辿り着いて欲しい。

 全ての若き社畜どもを応援するため、今回は社畜の先輩として「事務職」「就業時間9~18時(残業除く)」「30代男性」「独身で一人暮らし」「電車通勤」だった私の経験に基づくアドバイスをさせていただきたい。但し、効率的な事務のやり方、出世競争の勝ち抜き方なんかについては何一つ書くことが出来ない。何故なら今も昔も、私はうだつが上がらない会社員だからだ。教えられることはただ一つ。社畜生活における残業時の栄養の採り方だ。

 定時で帰れる一握りの幸せなサラリーマンなら終業時間と同時に帰宅の途に着き、一家団欒の夕食になるのだろうが社畜たちはそうはいかない。みんながご飯を食べてる時も黙々とお仕事だ。時間も時間なので当然お腹が空き始めるが、「お腹が空いたから帰ります」なんてのは言語道断。社畜の風上にも置けない。しかし、「腹が減っては残業は出来ぬ」もまた事実。なので、自身の飢えは自身で解決しなければならない。
 それでは、私がどうやって残業時の空腹を凌いでいたのか、その実例を紹介していくが、これはあくまでも私のやり方だ。年齢、性別、勤務時間、職種、食事の好み等々は人それぞれなので、私の経験を貴方なりに咀嚼し、貴方なりのやり方を作り出してほしい。

 まず、大前提としての食料の備蓄だ。これがないと戦えない。いついかなる時でも残業を遂行出来るよう、私は机の引き出しに大量のお菓子とバランス栄養食、ロッカーの中に大量のカップラーメンを備蓄していた。戦も仕事も準備が肝要。準備を整えておかないと戦う前から敗北するはめになる。
 
 残業に耐えうる食料を用意したら、次は退勤時間の予測だ。これは日々行う事になる。新人さんの頃は予測を立てづらいが、ある程度仕事に慣れてきたらおおよその退社時間が分かるようになる。何時ごろに帰れるか予測を立て、退勤予定時間に応じた適切な栄養補給を心がけるのが残業慣れした社畜というものだ。実例として私が東京砂漠で社畜をしていた時の補給タイムテーブルを紹介しよう。

19時退勤予定・・・たった1時間の残業で帰れる幸せな日だ。20時前に自宅の最寄り駅に辿り着ける。普段は帰宅時間が遅いせいでコンビニ弁当と牛丼ばかりだが、今日は好きなものを食べに行ける。なので、「何も食べない」を選択するのが正解だが、お腹が空き過ぎてる場合は個包装の「ハッピーターン」あたりを1~2個軽くつまむのが良い。本番は退社してから。「てんや」で天ぷらをつまみながらビールを飲んだり、「餃子の王将」で焼き立ての餃子でビールを飲んだり、スーパーの半額になったお惣菜を買って帰り、まったりと家でビールを飲んだりと、そんな幸福な夕食がもう目前。胃を落ち着かせるだけで十分だ。

20時退勤予定・・・たった2時間の残業で帰れる幸せな日だ。ラーメン屋ならまだ開いてる。かすかだが、希望の光はまだ消えていない。そんな時は個包装の「歌舞伎揚げ(ぼんち揚げでも可)」だ。歌舞伎揚げのオイリーさ、味付けの濃厚さが長時間の空腹抑制効果を発揮する。
 前述のハッピーターンの時もそうだったが、職場で食べる夕食までのつなぎのお菓子は個包装のものを選ぶ事をおすすめする。個包装のお菓子は手が汚れにくいので、書類を汚してしまうリスクが減る。ポテチの油がついた指先でうっかり書類を触ってしまい・・・なんて醜態を犯すのは3流の社畜だ。1流の社畜はおやつを食べてる時もスマートなので、決して書類を汚さない。

21時退勤予定・・・通常の勤務時間より労働時間が3時間多いけど、これが社畜だった私のデフォルト。感覚が麻痺してるので精神的動揺はないが、肉体的にはかなり強い空腹感と戦わなければいけない。お菓子程度では太刀打ちできないので、間食の王様・カロリーメイト、もしくはソイジョイあたりを投入だ。自宅の最寄り駅近くの牛丼屋で牛丼を食べるまでの繋ぎの役目を見事に果たしてくれる。
 あと、時間帯的に顔がテカテカしてくるのでギャッツビー的なフェイシャルシートで顔を拭こう。イケてる社畜はいかなる時もスタイリッシュだ。

22時退勤予定・・・残念ながらカロリーメイトですら4時間の残業には対抗できない。こうなればカップラーメンだ。醤油、味噌、豚骨、カレー味を事前に用意しておき、その日の気分に合わせて食べるのが優雅な間食というものだ。跳ねたスープが書類に付かないよう、自分の机でなく食堂や休憩室で食べるのは言うまでもない。カップ焼きそばはやめておこう。残業している時は湯切りして麺とソースを混ぜる工程さえ面倒くさくなる。
 あと、注意すべき点としてスーパーカップ1.5倍は厳禁だ。帰ってから食べる牛丼のためのキャパシティを胃袋に残しておかねばならないからだ。この時間帯で帰っても、牛丼屋は暖かく迎え入れてくれる。

23時退勤予定・・・帰ってからご飯を食べることはもう理論的に不可能なので、20時頃に夕食だ。さすがにこうなると空腹感だけでなく、絶望感とも戦わなければいけない。頭の中に闇が忍び込んできて、「人生ってなんだろうな」みたいなことを考え出すとヤバい。そんな時は何かスカッと美味しいものを食べなくちゃいけない。私の場合、幸運にも会社の近くに「ゆで太郎」が存在していた。ゆで太郎で「そば+カツ丼(小)」を頬張れば絶望感も吹き飛ぶ。ここで肝心なのは「大盛りやトッピングの無料券」を持って行くのを忘れない事だ。引き出しの中に忘れて、無料トッピングの恩恵を受けれないなんてザマになったら最悪だ。長時間残業が確定した時より遥かに強い絶望感を感じる事になる。「大盛りやトッピングの無料券」は財布の中に入れておくのが基本。基本がおろそかになってないか常に確認しよう。

24時退勤予定(終電確定)・・・何故か絶望感は感じない。終電まで働くと謎の充実感があるからだ。ものすごく頑張った気持ちになれる。自分自身に誇らしさすら感じる。きっと、仕上がってる社畜にとって「終電」は勲章の様なものなのだろう。なお、社畜は「俺の方が大変だぜ」と競い合う習性がある。そんな時に「参りましたよ、昨日は終電でした」はマウントを取る際の力強い切り札になりえる。残業にも多少のメリットがあるという事だ。
 食事に関しては基本的に23時退勤予定と同じパターンで問題ないが、遅い時間に小腹が空く事は充分考えられる。そんな時は一周回ってのハッピーターンだ。ハッピーパウダーの力を借りて、最後まで粘り強く働いてほしい。 

退勤出来ないケース・・・家に帰ることすら出来ない。とりあえず、ゆで太郎へ蕎麦を食いに行こう。そして会社に戻る際にコンビニに寄ろう。これからは新たに睡魔との戦いも始まる。吹雪荒れ狂う雪山で遭難している時のノリで「眠っちゃダメです!寝たらそこで試合終了ですよ!」なんて互いに声を掛け合おう。どうしても眠気を追い払えないときはコンビニで買ってきたレッドブルを気付け薬代わりに飲むのをおすすめする。それでダメなら眠眠打破だ。残業が終われば仮眠が取れる。止まない雨はないし、終わらない残業もない。そう信じて頑張るのみだ。
 
 
 このように出来るサラリーマンは高い自己管理能力を持っているので、自身の胃袋も完璧に管理する。お腹が空いたからといって、闇雲に食べたりはしない。この点をしっかりと意識し、貴方なりの間食や食事の採り方を作り上げて欲しい。貴方が残業漬けの毎日に適合出来るようになる事を祈る。 

 いかがだったろう?これが社畜のリアルだ。つらい記憶だったので、思い出してる時に何度か「うっ!頭が(痛い)!!」となってしまったが、多少なりとも若い世代の役に立てたかもと思えば、その痛みも和らぐというものだ。
  
 最後にもう一つアドバイスを。これを読んで貴方なりの残業時の空腹対策が完成したのに、それでも「残業ばかりの毎日でつらい」という気持ちが拭えない場合のアドバイスだ。それでは、このアドバイスをもって今回は締めさせて頂く。




「そんな会社はマジで辞めたほうがいい」

以上、ご拝読ありがとうございました。

※1・・・誰もみな行きたがるが、遥かな世界。念のために言っておくが、そんな世界は無い。

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