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寂しさに包まれたなら

引越し。
引越す理由というのは十人十色、百人百色。
今回私が引越す理由は、簡単に言うと2つ。
2人で急速に貯金をして広い家に住むためと、私の通勤時間を短くするため。
約1年半、初めて一人暮らしをした家を引き払い、恋人の家に住処を移すことにした。

さて、私は壊滅的に片付けが出来ない。
1年半の自業自得蓄積ジャングル、仕事諸々の疲れ、私の私による私のためだけの空間とピアノ(楽器可物件を血眼で探してようやく辺鄙な地に見つけた現実的な価格の物件だった。今回の引越しに伴いピアノちゃんは倉庫に一旦預けることに。)への愛着による寂しさが、荷造りに焦る私を着実に追い込んでいく。

引越し期日が迫る中まるで荷造りが進んでいない私は、恋人から「手伝わせるならそれ相応の準備をしておくのが人として最低限の礼儀というものだろう」と、かなりキツめのお叱りを受けてしまった。私としては(協力するって言ってくれてたし、同棲は2人でするものだから何なら引越し代も半分ぐらい出してくれると思ってたし、私が昔好きな人の引越しを手伝った時は同棲するわけでもないのに交通費も時間も脳みそも無計画にバカみたいに使ってたけどそれに対して相手にそんなこと思わなかったのにな…本当に私のこと好きなのかな…妊娠出産育児もそういうスタンスだったらどうしよう………)などと考えてしまった。これから一緒に住もうとしている人間に私の引越しを他人事扱いされたみたいで寂しさと不安でしょうがなくなった。言ってることは正しいと思うのだけど、寄り添ってくれないんだなという感想が上回った。あれ?なんで引越そうと思ったんだっけ?幸せに歩を進めるためじゃなかったっけ?本当にこの人と一緒に住むの?私の心、この先、大丈夫?

毎日涙が止まらなかった。
荷造りを進めなければならないのに、より引越すのが怖くなって、より自分の家を手放すのが寂しくなって、ピアノとも暫しお別れしなければならなくて寂しくて、これから1つの部屋で共に暮らす予定の恋人からは圧しか感じなくて、そんなこと考えてたら仕事中にも涙が出てきて(集中しろ)、蕁麻疹が出て、食欲が無くなって、でも荷造りを進めなければいけなくて、でも部屋が片付けば片付くほど寂しくなって怖くなって、涙が出て、蕁麻疹が出て、なぜか急に外に出るのが怖くなって、仕事をしばらく休んだ。社会人失格だと思った。仕事を辞めたほうが良いのではないかと思った。優しい上司から優しいチャットが飛んできて、声をあげて泣いた。

ただ何があっても死ぬ気で期日ギリギリには間に合わせる根性を持っている自負がある。泣き喚きつつ、蕁麻疹を掻き毟りつつ、恋人に不思議な気持ちで頭を下げつつ、どうにか荷造りを終え、無事予定通りの日程で引越し業者に全てを託すことに成功した。引越し完了。さようなら、私の最初で最後(の予定)の一人暮らし。

空っぽになった部屋を眺めて、恋人に見えないように、涙1滴ぶんだけ泣いた。

恋人名義の部屋に私の荷物たちが全て運び込まれ、否が応でも完全にここが生活拠点になったんだと自覚させられる。もともと1人の空間が無いと落ち着かない私は、それを求めて仕事に行くことを少しずつ再開した。

引越しから1週間経って、退去の手続きのため、自宅へ向かった。業者の人が来る前になるべく綺麗にしようと頑張った。1年半ありがとう。まさか1回も契約更新しないとは思ってなかったよ。びっくりしたね。楽しかったよ。ありがとね。

業者の人が来て、鍵を返して、諸々の手続きをパタパタと終えて、部屋を出る。そこからそのまま景色を眺める。スーパーと青空。よし。階段を下りる。オートロックのドアを出る。オートロックのドアがゴツンと閉まる。さようなら、二度と入れない、さっきまで自分の家だったマンション。

最後の駅までの道ぐらいは景色をちゃんと見ようと思って、ゆっくり歩いた。すごく晴れてて嬉しかった。素敵な夫婦が営んでいる美味しいパン屋さんのパンがどうしても最後に食べたくて、なかなかの荷物を抱えながら寄り道した。なんか卒業式の前日の学食みたいな気持ちだった。いっぱい買った。ずっしり重たいパン屋さんの袋を持っている時ほど嬉しい帰り道を私は知らない。マスク越しなのにはっきりと笑顔だとわかる夫婦の「ありがとうございました」が名残惜しすぎて泣きそうになった。この土地に用が発生することは一生無いと思うけど絶対また来るね。その時まで元気でお店続けてね。

よし。これからの住処となる家に向かおう。即ちこれからはそれが帰る場所なんだ。帰ろう。

と思って駅まで辿り着いたところで、この地を去ることがなんだかやっぱり強烈に寂しく思えてきて、電車を何本か見逃して、コーヒーを買って、ベンチに座って、そのままさっき買ったパンをひとつ頬張った。やっぱり美味しい。泣きそうになった。絶対また来るね。

(そういえば、土地的に微妙なはずなのに遊びに来てくれた人たち、本当にありがとう。一人で生活をしている中で遊びに来てくれた人の存在は大きかった、本当に嬉しかった。ありがとう。宅飲みはしばらく出来ないけど、お互いの家が近くなったぶんそこら辺で遊びましょう、と思っています。)

覚悟を決めて電車に乗り込んで、発車したらまた泣きそうになったけど、外の景色を見たらやっぱりすごく晴れてたから頑張って堪えた。

さようなら、私の、私だけの、ポンコツで、どうしようもなくて、愛しい、生活。さようなら。ありがとう。頑張った。楽しかった。ありがとう。さようなら、さようなら。

そして、よろしくね、がんばろう、あたらしい、生活。

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