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生ぬるい地獄を生きていた

何者にもならず、目立たず、普通に穏やかに暮らしたいと思っている。
そう思うように至るだけの経験はしてきた。したくてしたわけではない。

「過去を振り返ったところで変えられないわけだからどうしようもないだろう」と、頻繁に父は言う。
嫌な気持ちになるだけのことを思い出しても生産的ではないし、その通りだと思う。
ただ、過去から何かを学び取れるかもしれないのに忘れたふりをして快楽にふけるのも、大人としてどうなのだろうと思ったし、まだ心の中に泣くのを我慢している私がいるので、供養させるために書いてみる。

高校を中退したかった。
けれど出来なかった。両親が許してくれなかったからだ。
その高校には真ん中くらいの成績で入学したものの、入学してすぐ遊びほうけ勉強が全く出来なくなってしまったし、それに高校2年生の時から軽いイジメを受けていた。

進学校特有のねちっこいイジメというのは無視くらいなのだけども、よく言う「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心」に似ていて、なかなか当時はダメージを受けてしまった。けれど私は何も傷ついていない素振りで対抗していた。
幸い、同じクラスや他のクラスに友だちはいて、それなりに楽しく過ごすことは出来たのだけれど、私のことを執拗に嫌っている人たちからは無視をし続けられた。

集団の中で、私だけ存在しないものとして扱われ、まるで幽霊になったかのような心持ちになった。

その後遺症として、私は親しくなった人のことも、なかなか名前で呼ぶことが出来ない。だって振り返ってもらえなかったら悲しいから。
私はいつも「ねえねえ」だとか「あの~」だとか言って、人を名前を呼ぶのを避けてしまうのだ。
恐ろしいことに、それを無意識にやっているものだから「やっと名前で呼んでくれたね!嬉しい」と恋人や友だちに言われて初めて、私は人をきちんと名前で呼んでいなかったのだと気がつくくらい、私の中でイジメを無かった過去として処理して生きてきた。

イジメられた理由は私にあると思っている。
嫌われても仕方ないような言動を高校1年生の時にやってしまった。
学年で一番人気の男の子と交際し、すぐに別れた。私では釣り合わないと思ったからだ。そうして別の男の子と交際したのだった。

「イジメは、やる方が悪い」と言うし、おおむね同意だ。けれど、少なくとも私の場合は違うと思っていて、自責の念もあるけれど、イジメられていた私ってダサいし恥ずかしいという気持ちが心の中から消えなかった。もともとスクールカースト上位にいたからこそ余計に。

他人のイジメ経験を聞くと加害者側が悪いと同情してしまうし、所属しているコミュニティ内でイジメが起きると「そういうの辞めませんか」と言ってしまうくらいには正義感みたいなものはあるのだけれど。
私がイジメ経験者として生きることは性に合わないというか、単純に内容として生ぬるいし。だから記憶から抹殺するのも、イジメられらたことなんて無かったように振る舞うことも比較的容易なのである。

イジメられたお陰で良かったことは、遊ぶ友だちが減り暇になったので勉強をするようになったら成績がどんどん上がっていったことだった。この成績じゃ大学なんて無理だぞと言われていたのに。
仕方なく始めた勉強だったけれど、そのうち楽しくなってきたので「あの子たちより良い大学に入って見返す」という発想にはならなかった。

過激な表現に変えるとするならば、もうその人たちとは違うステージにいるので、やるべきことをやらずに他人の足を引っ張ることしか考えていない人の人生に興味を持つ暇がない。

卒業した後に、私のことを嫌っていた人たちは全員大学受験に失敗したことを知ったけれど、特に何も思わなかった。あの時に「ざまあみろ」と思うことが出来ていれば、スッキリ終わることが出来たのだろうか。

私は新しい世界に飛び込む準備で忙しかったし、勉強が出来るようになってから見る目を変えた人たちも沢山いたので、私はある意味で恵まれていた。ああ、やっぱり生ぬるいね。

ただ、私が気丈に振る舞っていたからというのもあるけれど、誰ひとり私を幽霊にした人たちを責めることはなかったので、卒業アルバムが配られる日にはあえて学校を休み、卒業式が終わったらすぐさま家に帰った。そういう訳で、私の高校の卒業アルバムの最後のページは白紙のままだ。

卒業式が終わって独りで校門を出ると、タウン誌の出版社の人から「卒業してどう思いますか」と声をかけられたけれど、インタビューを断り帰路についた。だって「もうこんなところに通わずに済む!清々しい気持ちでいっぱいです」としか答えられないし。

基本的に因果応報をあまり信じていなくって、私に嫌なことや悪いことしてきた人たちが幸せに生きていたりするのだろうし、でもまあ私は私で誰かにとって悪人だったりするのだろうから、もう好きに生きるしかないよね。

今夜からはきっともう、あの人たちが夢に出てこないように。一度も学校で泣かなかった17歳の私を抱きしめながら、ひとりで祈っている。

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