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透明人間と銭湯

午前6時頃。

普段は喧騒にまみれたこの街も、日が昇って間もない時間に繰り出すと、まるで違う街かのような景色が広がっている。


私の働く場所の近くに「そこ」はある。日中がんばって疲れ切った体を癒すのに最適な「そこ」。今日もそこに行ってきた。私はそこが好きなのである。

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コンビニエンスストア横に位置したその店舗。1階の自動ドアが開くと

「イラッシャイマセッ!!」

機械的な音声が出迎えてくれる。

「シャレたお店だな」

私はいつもそう思いながらエスカレータに乗る。エスカレータを使い2階に上がると受付があり、そのカウンターの向こうには、死んだ魚の目をしたおじいさんが座っている。暖簾をくぐってきた私の顔を、まるでゴミを見るかのように見つめてくれる。最高だ。私はこのお店が好きだ。

おじいさんの機嫌を伺いながら

「か、貸しタオルをお願いします」

と伝え、財布からお札を取り出しカルトンに乗せた。このままお金だけ奪われたらどうしようかと、そんな疑念を抱かせるほどにおじいさんの反応は薄い。私の心配をよそに、彼は首から上をまったく動かさず、棚に積まれた体を洗う用の小さなタオルを、器用に左手だけで取って私に差し出してくれた。しかし残念ながら私が欲しいのは「体を拭く用のタオル」なのである。こんな小さなタオルが必要なのではない。いやしかしちょっとまてよ。これは「お前はこの小さなタオルで全てを済ませろ」ということを言いたいんじゃないのか?最高だ。やってくれるじゃねえか。おじいさんのせっかくの好意を無駄にはしたくなかったが

「あっ、すみません、こっちの小さなタオルではなくて、あの、大きな、その、そっちのバスタオルをお願いできますか?」

勇気を振り絞り私はそう伝えた。番台マシーンさんは、幾らか眉をぴくつかせ、 UFOキャッチャーのアームのごとき動きで、奥にあったバスタオルをグワシャと掴んで私の目の前においてくれた。最高だ。愛してる。


濃密な38秒間を過ごし、更衣所のロッカーに服を脱ぎ捨てた。浴場に向かう途中、清掃服を着たおばあちゃんが誰の裸体に気を遣うこともなく、椅子に座ってお茶を飲んでいる場面に遭遇した。彼女は私の存在に一瞬気づき、こちらを向いたが、視線の先には誰もいないかのような表情でまたお茶をすすり始めた。私は軽く会釈してまた浴場へと歩を進めた。気づいた方はいないと思うので念のため書いておくが、ここまでで私を迎え入れてくれたのは入り口の機械的音声さんだけである。感動。


湯船に浸かり体を労わる。あー、幸せ。そんな時間を過ごした。


湯から出て体を拭き、着替えて帰る支度をする。清掃服を着たお茶マシーンさんは缶コーヒーを飲んでいた。帰るときには、もう目も向けてくれなかった。興奮。

受付には2人組のギャルが無機質おじいさんに苦しめられていた。私はその様子を微笑ましく思いつつ、下りのエスカレータに乗った。今日も素敵な銭湯タイムだったなあとしみじみ感じながら出口に向かう。自動ドアが開き、機械的な音声さんが帰路につく私に優しく声を掛けてくれた。

「イラッシャイマセッ!!」

いやいや今から帰るから!!!!


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そんな銭湯が、私は好きである。


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