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ツクモリ屋は今日も忙しい(1-中編)

『モガミさん』とは、簡単に説明するなら生まれたての付喪神だ。人の手により物として作り出されたとき、種が芽吹くように宿る、神様の赤ちゃん。

ちなみに、手作り・自家製の品物にはもちろん大手メーカーの量産品にも、モガミさんは宿る。最初にこれを知ったとき、僕は意外だと感じた。でも今はすっかり常識として、自分の頭の中に入っている。だって量産品でも、愛着のある物は捨てたくないからだ。100均で買った爪切りとか。

「うーん皆、なかなかいいね」

ハンカチを1枚1枚手に取りながら、僕は声を掛ける。ツクモリ屋での検品作業は、汚れやキズが無いか、という「商品」の状態確認だけでは済まない。「モガミさん」もセットで様子を見ないといけないのだ。

ただ、これには結構な精神力を使う。モガミさんを見るために、特殊な集中モードへ意識を切り替える必要があるし、全力疾走したような疲労感が後追いでくる。だからあまり時間を掛けられないし、邪魔が入りにくい環境でないと上手くいかない。

《アリガトウー!》《嬉シイノ!》

ありがたいことに、モガミさん達のほとんどは和やかに検査をパスしていったが、1つだけ(もしくは1人…1柱だけ?)、浮かない顔のモガミさんがいた。ハンカチ自体は、ほつれなどの欠陥はないので直接訊いてみる。

「どうしたの? 悲しいの?」
《嫌ナノー。怒ッテルノー》

モガミさんは口を尖らせている。しかしそれ以上は語らない。
こういうとき大抵は、作った人間のリアルタイムな感情が移っていることが多い。しかも瞬間的な強い感情であるため、無理に訊いてしまうと他人のプライベートに土足で入り込む可能性があった。

「そっか。少し待っててね」

モガミさんに伝え、僕はハンカチをそっと他と避けて置く。未検品のハンカチがないかを確認してから、集中モードを解いた。

即効性のある毒みたいな疲れが、ものの数秒で全身に行き渡る感覚に襲われて、僕は気づけばしゃがみこんでいた。久々のモガミさん、久々の検品で、予想以上に体力を奪われたようだ。体が鉛のように重い、という表現がぴったりだとつくづく思う。鉛がどんなものなのか、よく知らないくせに。

しばらく動けずにいたが、逆に足が痺れてしんどくなってきたため、僕はのろのろと立ち上がった。ふと視界に入った壁掛け時計により、検品に30分ほど費やしていた事実を知る。急に室井さんの様子が気がかりになった。

「室井さーん。終わりました」

販売スペースに戻ると、ちょうど客が1人、会計を済ませたところだった。幸いにも僕の声は邪魔にならなかったようで、商品を鞄にしまい込んだ客は、足取りも軽く退店して行く。「ありがとうございました」と、挨拶する室井さんに慌てて合わせた。

「おかえり。検品、大丈夫だったか?」

室井さんはしっかりした口調で話し掛けてきたが、先程よりも目がどんよりしていた。大丈夫かなんて僕が訊きたいくらいだと、頭の隅で考えながらもとりあえず答える。

「はい、なんとか。ほとんど問題なく陳列できますよ。今しますか?」
「今したいか?」
「……いや、やっぱいいですー」

本音を出してしまい、2人してフフフと低く笑った。正直であることは良い。心の健康にとても良い。この店に関わるようになってから覚えた、大切な教訓の1つだ。

「室井さん、僕が検品している間、どうでした?」
「あれから10人くらい来た」
「えっ? うそ!?」

モガミさんに集中していたとはいえ、出入りする客の気配が全く掴めていなかった。室井さんの言葉が本当なら、3分に1人くらいのペースで接客していたことになる。普段のツクモリ屋では考えられない来客数だった。

「今日はずっと、そんな感じだったんですよね? それなら、相当の稼ぎになったんじゃないですか?」

僕は陳列棚を見やりながら、素直な感想を口にした。ツクモリ屋の商品は、本来なら小銭だけで入手できる物が多い。ただし、基本的に5倍ほどの値段で販売されているのだ。場合によっては10倍の例もある。

「まぁな……。ただ、それなりに手間をかけてるからな」

商品が高額なのは、モガミさんへのフォローケア代が含まれているらしい。モガミさんの事前のケアに加え、モガミさんが相性のいい人間に買われるためのフォロー。つまり、モガミさんのためのプライス。
正直、どちらの仕組みもよくわからない。

「ま、でももう乗り切っただろ。荒木も戻ってきたし、もうすぐ閉店時間だから客ももう来ない気がする。というか、もう来ないでくれ」
「相当疲れが溜まってますね」

いつもなら元気というか強気というか、もっと俺様系な人なのだが、今日はすっかり参ってしまったらしい。なんだか記念に動画を撮っておきたいくらいだ。本人が復活したとき、絶対に痛い目に遭うから、やらないけれど。

「きっともう来ないですよ。それより、お店を閉めたらビールでも飲まないですか? 一日頑張ったご褒美に!」
「……そうだな! いっそもう客のことなんて忘れて、パーっと」

本気でフライング閉店しかねない勢いで室井さんが声を張り上げた瞬間、前触れもなく入口のドアが開いた。

「あ……」

やはり客は来るのか!?
と誰もが(2人だが)思ったそのとき、予想外のことが起きた!


さて、それはなんでしょうか?
フフフ。


(1-後編 に続く)

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