見出し画像

ままごめんね

この文章は友人が参加しているHerStory Japanという団体のブログに投稿した文章です。個人的にとても思い入れがあり、周囲からの反響も大きかったのですが、リンクが上手く動かないことも多いので、ここに再掲させてもらいます。働き始め、休職を経験して、興味のある仕事をするため正規雇用以外の仕事も考え始めたいま再読すると、これまで以上に考えさせられます。

--- 

新社会人になって初めての年末休みに、たくさん本を読んだ。その中の一冊が、以前から気になっていた「82年生まれ、キム・ジヨン」である。ご存知の方も多いかもしれないが、この本は1982年に韓国で生まれたキム・ジヨン氏の人生を振り返り、彼女が直面した、女性であるがゆえの困難や差別を、切実に書き綴った小説である。


正直、あまりにもリアリティのある描写に辛くなり、最後までじっくりと読み進めるのが難しかった。ジヨンの夫が子どもが欲しいと言う場面が、特に印象に残っている。「一旦仕事は辞めて、子育てが落ち着いたらまた復帰すればいいよ」と無神経に言う夫に対しての、ジヨンの返答に胸が痛む。

「私は今の若さも、健康も、職場や同僚や友だちっていう社会的ネットワークも、今までの計画も、未来も、全部失うかもしれないんだよ。だから失うもののことばっかり考えちゃうんだよ。だけど、あなたは何を失うの?」


ジヨンは私の周りにいる、と思った。いや、彼女は私の母だし、将来の自分かもしれないと思った。読後なんとも言えない気持ちに襲われている時、一つ思い出したエピソードがある。


ーーーーー


私の母は大学を卒業して研究職で就職し、正社員として働いていた。彼女曰く絶対に仕事は辞めたくなかったけれど、結局私が生まれるときに退社した。ずっと家にいなければいけない生活に嫌気がさして、「私も働きたい」と父に泣いて訴えたこともあったらしい。そんなこともあり、私が小さい頃から「将来子どもを産むことになっても絶対に仕事は辞めちゃダメだよ、私はやめたことを後悔してる」と母は私に言っていた。


しばらくして、子育てが少し落ち着いて来た頃、母は給食調理のパートを始めた。でも小学生の私は、母が「給食のおばさん」をやっていることが恥ずかしくて、なんでそんな仕事をするんだろうと思っていた。自分が給食当番で配膳室に行った時に目にするおばさんたちは、白い頭巾を被って、食べ物のにおいが充満した部屋の中、汗だくで作業していて、当時の私には、お世辞にもかっこいい仕事とは思えなかったからだ。


そんなある日、母と友だちのお母さんと一緒に話している時にふと将来の夢の話になった。

「将来何になりたい?」

と友だちのお母さんに聞かれ、

「まだわかんないけど、ぜったい給食のおばさんみたいな仕事はしたくない」

と私は言った。


女性だから、母親だからという理由で仕事に妥協するなんて嫌だ、母だってそう思ってるはずなのに、信念を貫き通さないのはなんで、と思いながら。

次の瞬間、母は泣きながら私にビンタした。

(あ、今絶対に言っちゃいけないこと言った。)

幼い私の胸に、後悔の念が深く刻みつけられた。


今思うと、私はなんて残酷だったのだろう。母は、やっとのことで働き始めたのに。子育てから戻ると思ったような仕事が見つからないことは、彼女が一番辛かったのに。良い母であらなければいけない、でも自分の能力を外で生かしたいという二つの思いと常に戦っていたのだと思う。その中でやっと見つけた職が、「給食のおばさん」であったのに、その思いと努力を私は一言でバッサリと否定した。ジヨンの夫のような無神経な一言を、自分も母に発していたのだ。


あのとき、私は母を「母」という風にしか捉えていなかった。「お母さんは美味しいご飯を作っていつも家を綺麗に保たなきゃいけない」「働く人は自分の夢、やりたいことを仕事にしなければいけない」という理想を、娘である私さえも母に押し付けていたと、ようやく気がついた。「母」、「妻」、「女性」である前に、誰しもひとりの人間なのだ。懸命に戦う女性たちに発せられる何気ない一言、それこそが励ましにも絶望にもなりうる。もっと早く気づけたらどれだけよかっただろうと思う。


ーーーーー
ただ、今からでも遅くはないのかもしれない。

弟も「キム・ジヨン」を読んだと言うので、感想を聞いてみた。彼は、「もともと性別に拘わらず、皆が平等に生きられる社会がいいという考えを持ってたが、改めて、自分が結婚した時、固定観念とか常識に囚われないで男女ともに納得できる選択をできるように注意したいと思った」と言っていた。女性が抱える葛藤を言葉にして伝えることで、少しずつでも色んな人の世界の見方を変えていくことができるのかな、と嬉しくなった。もう二度と心無い一言で誰かを傷つけないよう、想像力を働かせて、自分の物語も、周りの女性の物語も、寄り添いながら少しずつ伝えていけたらな、と思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?