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はさみと人間とその遺伝子

とにかく息子は私に似ているのだ。
顔だけではなく。

二十歳になっても物心がつかないとか。
隙あらばさぼるとか。
一度だらだらし始めるとだらだらは絶対にやめられないとか。
授業がつまらないとあっという間に逃避するとか。
やりたくないことは宇宙の果てまで追いやって誰かがやってくれるのを待ってみるとか。
そのまま忘れてみるとか。
掃除できないとか整理整頓は概念にないとか人見知りとか会話が下手とか

どうしたらええ、こいつ。
と思いながらも、
似たんだな、しかたねーな、と思う母。

その息子がこの前初海外に行った。
その第一報。

「お父さん、お母さん、申し訳ない。
森家で何十年にもわたって使われてきたハサミが
ただいま飛行機搭乗前に、廃棄処分となりました。
こんなに悲しい事件が起きるとは
もう本当に申し訳ない。
こんなに悲しいことは今までになかった」

爆笑。

そして

父「ああ、そのはさみは俺が独身の頃からお世話になったな。
残念だ」

息子「あああああああ。こんなに悲しいとは」

なんだこの会話。

母「息子よ。
案じるな。
私も初めての海外旅行前に、
搭乗前にハサミを取り上げられた。
あれは大事なハサミだった。
今もあの姿は脳裏に焼き付いている。
人生において、それはいつか思い出となる。
初の海外旅行は
鎮魂の旅と思って
感謝しながら元気よく行ってこい」


たった五日だが(笑)

あなおそろしや遺伝子。

そもそもなぜハサミを持っていったのか、
という質問は愚問。

いつもは手ぶら同然で出かけるくせに
その時ばかりは「ハサミが役に立つ」と思うのだ。

ノリでも定規でもなく、
ハサミなのだ。
それが旅行前の不思議な心理。

向田邦子さんのエッセイにもある。

邦子さんがお母さまに旅行のプレゼントをされたときのこと。

お母さまが飛行機に乗る前に、
鞄の中に大きな裁ちばさみが発見された。
お母さん、なんでこんなハサミ持ってきたの!?
と邦子さんが驚くとお母さんは情けなさそうに

「爪を切るかと思って。
これじゃお父さんに怒られるねえ」
とおっしゃったとか。

爪が伸びるほどの日数ではないのに
なぜか爪が伸びる可能性をその時は考えてしまう。

それが旅行前の心理と言うものだ。

人間、変わらない。
そんな人間が、わたしはたまらなく愛おしい。

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