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書籍紹介『ノルン・ド・ノアイユ』第4巻(文・イカたんぺんさん)

1〜3巻までは、主にノルンの目線で物語が進行していきました。

そして4巻では、一度ノルンからは目線を外し、「有名になったノルンを見る人々の目線」を中心に描かれます。

サクセスストーリーの『裏側』

1巻では、淑女の嗜みに馴染めず周囲から疎まれてきたノルンが、クレアやジェイダといった学友と共に、少しずつ学園生活に馴染んでいくという物語でした。
2巻では、ノルン自身のやりたいことを見つけて向き合っていき、3巻では剣術大会で見事に優勝し、青騎士の称号を手に入れるという、まさにサクセスストーリーでした。
そして4巻では、そんなノルンのサクセスストーリーの『裏側』が描かれます。それは、『ノルン・ド・ノアイユ』に一貫して描かれてきた「人間の多面性」です。

「きゃー!ノルン様かっこいー!」
「青騎士様!こっち向いてー!」

などと、みんながみんな努力して成功を納めた彼女に拍手して栄光を讃えてくれるような、優しい世界ではありません。
当然、喝采を浴びれば負の感情を抱く人間が出てきます。
4巻にして、それが特に顕著に出ていたのはアリスとジェイダです。

ジェイダにとってのノルン

ジェイダは貴族の娘ではなく、商会の出……つまりは庶民の娘です。
裁縫の授業でも、手慣れていないことから周囲と比べると劣っていて、補習を受けるハメになります。
多少なりともコンプレックスはあったと思います。
そんな時、立ち振る舞いが男性的で、裁縫どころか淑女の立ち振る舞いすらできない転入生が現れたら、どう思うでしょうか。

ジェイダはクレアと比べて、読書家で思慮深く、理屈で動くタイプです。
そんな彼女の性格を考えると、まず「この子(ノルン)は自分よりも淑女を理解していない」という優越感に浸ると思います。そして友情というよりは同情心でノルンと交友関係を結びにいくでしょう。
言うなれば、見下していたとも言えます。
だからこそ、ノルンが有名になった時、ノルンの努力が報われて嬉しいと言う気持ちよりも、自分の元から距離を置かれてしまったことへの寂しさが勝ってしまい、彼女に対する執着心が沸いてしまったのではないでしょうか。ジェイダにとってノルンは、ずっと自分のそばに友達としていて欲しかった……もっと言えば、ずっと周囲から浮いた存在で、独りぼっちな少女であり続けることを望み、自分だけのものにしたかったんだと思います。
自分だけが推していた地下アイドルが、地上波デビューして売れっ子になるような感覚なのでしょうか(?)
ノルンが周りからチヤホヤされることによって、当然ジェイダとノルンの交友は疎遠なものになります。
自分だけがノルンの良き理解者を演じたかったジェイダにとって、彼女の栄光は煩わしく感じられたでしょう。

そして、ノルンの栄光を煩わしく感じたのはジェイダだけではありません。もう一人います。
そうです、ずっとノルンを陥れるべく動いてきたアリスです。

アリスにとってのノルン

『ノルン・ド・ノアイユ』のメインキャラクターではなく、裏で暗躍していた人物といえば、アリスです。

アリスは初期の頃からノルンを目の敵にし、腰巾着を連れてノルンを見下す、いわゆる『お嬢様キャラ』でしたが、彼女はノルンが学院での地位が上がることに比例するかのように立場を失っていきます。
当初はあれだけチヤホヤされていた彼女は、ノルンが青騎士の称号を手にする頃には、腰巾着も失い、社交界ではぽつんと一人で立っている始末……。
なぜ、この二人はこんなにも差が生まれてしまったのか。

アリスはいわゆる『努力型人間』です。
両親に認められたい、学院で認められたい、そんな承認欲求からダンスの稽古や裁縫といった淑女の嗜みを頭に叩き込んでいます。
つまりはアリスにとって、ダンスや裁縫は承認欲求を得るための『手段』でしかありません。
ですが、ノルンは違います。
剣術をやりたい、この人と踊っていたい、そんな思いで剣を振るい、ダンスをしています。

努力は夢中に勝てない』という言葉があります。

努力のアリスと夢中のノルン、ここが二人を分けてしまった部分なのではないでしょうか。
本題からは逸れてしまいますが、アリスって良い名前だなと思ってて、アリスっておとぎ話の住人と同じ名前じゃないですか。
にも関わらず、おとぎ話の住人のようなノルンを見て嫉妬するなんて皮肉が効いているな〜と、感じています。

ジェイダやアリスにとってのノルン

ジェイダやアリスとって、ノルンは突然現れたおとぎ話の妖精そのものだったのではないでしょうか。

男性のような淑女らしからぬ立ち振る舞い。
時折何もないところを眺めている。

入学当初は『不思議ちゃん』そのものだったと思います。
アリスにとっては取るに足らない非常識な存在、ジェイダにとっては優越感を感じられる存在でした。
それがいつの間にか『舞姫』として『青騎士』としても名を上げ、二人の感情を揺さぶるには十分だったでしょう。
4巻では、このノルンに嫉妬した二人が『ある行動』に出ます。
その行動が、あまりにも浅ましくて「人間だなあ」と、思ってしまいました。

新日常系ファンタジー

これまで私は『ノルン・ド・ノアイユ』の物語を「日常の学園ファンタジー」だと思いながら読んできました。
社交界を終え、剣術大会を経て、このままノルン達は学園生活を謳歌していくのかな……なんて思っていました。
ここで、4巻を読み終えた私のリアクションを再現します。

「え?……え!?あー……あ、終わるんだ……?」

失礼致しました。そう、終わりました。
マジで終わりました。

『ノルン・ド・ノアイユ』を、日常系ファンタジーだと思って読んでいたら、新日常系ファンタジーでした。
私にとって、日常系というのは『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』のようにキャラクター達は歳を取らず『永遠の時を生きる』もので、新日常系は『歴史の中を生きる』だと解釈しています。

ノルン達は、ただ学院で止まった時間軸で生活していたのではなく、ちゃんと終わりに向かって突き進んでいたのだと気付かされました。
これは、私たちも同じです。
明日というのは当たり前ではありません。
ある日、突然何の前触れもなく外交関係にある国が戦争を始めたり、国のトップが暗殺されたりと、常に少しずつ変化しています。
身の回りの環境、状況が変化すれば、ノルンたちもそれに応じた行動を起こし、成長する。それこそが、新日常系の醍醐味だと感じています。
4巻の後編からは、『ノルン・ド・ノアイユ』の新章がスタートします。

ネタバレになるのでぼかした言い方をしますが雰囲気がガラッと変わります。全員がそれぞれの形で『大人』になります。
知らず知らずのうちに大人の階段を登る人、全てを捨てて一人で果敢に他所の土地へと赴く人、誰にも頼らず自分で決めた道を進むと決意する人など、多種多様な形で登場人物たちが大人になっていきます。
これまで安全な学院で守られてきた少年少女たちが大人になり、危険な地に立ち向かって行く姿を見て「ああ、ノルンの一部はこれで終わっちゃうんだな」と感じました。

最後に

この『ノルン・ド・ノアイユ』で最も好きなフレーズを言わせてください。

──怖い。当前だ。私は今、生きているんだ。

この『生きている』の部分は、自分のやりたいこと、進みたいけど危険な道を選び、突き進んでいる状態のことを指しています。
親や先生から言われたことを素直に従い、安全な道を選ぶという生き方もあるでしょう。
ですが、それは本当に『生きている』と言えるのでしょうか。
芸術家、岡本太郎は、このような言葉を残しています。

『怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ』

大人になった『ある女性』は、一大決心をして親元を離れ、まさに身一つで異国の地へと赴きます。
これまで淑女という『指南された生き方』に従い、安全な地で守られて生きてきたからこそ、どれほどのリスクと勇気を背負った決意だったかは言うまでもないでしょう。
まさに、怖い場所に自ら飛び込んだと言えます。
危険な地へと赴いたのは彼女だけではありません。それぞれがそれぞれの決断をして行動し、第2部への布石となっていきます。

おまけトーク

私、ジェイダが好きなんですよね。

ぶっきらぼうに見えて、ノルンと接点を持とうとして依存させようとするのに、逆に彼女に依存してしまったりする不器用さとか、登場シーンは多いのに活躍自体は少なく地味なポジションですが、彼女なりに色々考えてる……というか、本編で一番思慮深いからこそ『ある行動』を起こす結論へと至ったのでしょう。

第一部の最終巻である4巻の表紙絵を飾ってくださり、感無量です。
自分の知らない遠くの景色を眺めるような、不安感を瞳に宿らせ微笑む彼女の顔つきは、未来の……2部の先の見えない展開を予兆させるかのようなものに思えました。
ジェイダを含め、ノルンやクレア、ついでにアルウィン(ついではとはなんだ)達も、第2部ではどのような大人になって我々の前に現れてくれるのか、今から楽しみです。

(文・イカたんぺん)Twitter

イカたんぺんさん、ありがとうございました。
合わせて、イカたんぺんさんによる2巻の紹介記事もお読みいただけます。

今回ご紹介いただいた第1部『ノルン・ド・ノアイユ〈4巻〉』電子書籍

紙書籍版はこちら。↓


現在、ノルン・ド・ノアイユは第二部を鋭意執筆中です。
WEBにも少しずつ第二部を掲載しておりますので、そちらもお楽しみいただけますと幸いです。(NUE)


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