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書籍紹介『ノルン・ド・ノアイユ』第2巻(文・イカたんぺんさん)

私が『ノルン・ド・ノアイユ』で一番好きな要素があります。

それは「登場人物が全員繊細な人間」として描かれていることです。
仲良しの友人二人が些細なことで喧嘩したかと思えば、その夜に「なんであんなこと言っちゃったんだろう」と悔やんだり、ちょっとしたキッカケで子供の頃を思い出して枕を濡らしたりします。
それはどんなに能天気そうに見える登場人物でさえも例外でなく、ふとした時に冷静になって、友達に「実は……」と腹の内を打ち明けて泣いたりします。
私はそんな「ノルン・ド・ノアイユ」の登場人物たちのことを「みんな程よく優しく程よく悪い」と表現しています。

私たちが普段会って話している人も、いくつもある人格の中の「一面」でしかありません。
それは「ノルン・ド・ノアイユ」も同様に、「人間の多面性」を描いています。
ノルン含めた学友たちが、複数人で楽しく会話している時も、みんな腹の底では全く違うことを考えていたり、思惑があったりします。

これは、登場人物たちの持つ「キャラクター性」と「人間性」の両立だと捉えています。
それでもキャラ崩壊を全く感じさせることなく、人物の多面性を描いている……それが「ノルン・ド・ノアイユ」の魅力の一つです。

日常の中のシリアス

ノルンの生活するアストワル学院って、結構平和なんですよね。

空を見上げれば隕石が降ってくることもなければ、授業中に武装したテロリストや暴徒に襲われることもありません。
基本的に事件という事件は起こらず、あることといえば男女間でのトラブルや、いじめられている男子生徒を助けたり、みんなで集まって会食したりと学園ものでは定番なイベントが発生します。

私はこれまで、空から隕石が降ってきたり学校がテロリストに襲われる小説やライトノベルばかり読んできたので、『ノルン・ド・ノアイユ』の日常イベントに包まれたストーリーって新鮮だったんですよね。

では、派手なイベントが起こらないから退屈に感じたかというと、全くそうは思いませんでした。何も起こらないから、そこに物語がないのではなく、ノルン含めキャラクター達の悩みや葛藤は確かにあるんです。
私たちの経験した学生生活も、何も事件が起こらずとも色々な悩みを抱えて生活していたと思います。それはノルンの物語も同様です。
定番イベントだからこそ、キャラクター達の心の動きが軸となっており、学生らしい繊細な心情を描くことができるのだと感じました。

私はこれを「日常ファンタジー」と表現しました。

妖瞳のコンプレックス

そんな「ノルン・ド・ノアイユ」の2巻には、一貫したテーマがあります。

それは、『コンプレックス』です。
コンプレックスといえば「鼻が大きい」だとか「背が低い」だとか、人によって様々だと思います。

ノルンの持つ顕著なコンプレックスといえば「妖精が見える」ことです。「妖精が見えるって、なにがコンプレックスやねん!」とお思いかもしれません。
ですが、考えてみてください。
私たち目線だとすれば、目の前に虚空を眺めて楽しそうにしている人がいれば、どう考えても「不思議ちゃん」以外の何者でもないと思うんです。
ノルンも他者から見れば不思議ちゃんなのです。
おまけにノルンは「私、妖精が見えるの」などと言い出すものですから、身内から気味悪がられてしまいます。

これにより、大きなトラウマを抱えてしまい、そのため、学友であるクレアとジェイダにも、妖精が見えることは隠し、その背徳感から夜に一人で妖精を眺めて黄昏ます。

『ノルン・ド・ノアイユ』では、妖精は非常に幻想的で、美しく描かれています。それに対して、ノルンは否定された過去から妖精たちを妬ましそうに眺めますし、学友の前では、見て見ぬふりをします。

妖精が見える……一見すればファンタジックで、素晴らしいことのように思えるかもしれません。ですが、自分だけが持つ力とは、紛れもなくマイノリティで、世間に受け入れられるかとはまた別問題です。

「私は妖精が見える」などと打ち明ければ、また昔のように否定されるかもしれない。

そんな恐怖感に苛まれながら、ノルンは学友との日々を過ごします。
表向きは、どれだけ親しい間柄でも、お互いに打ち明けられない秘密やコンプレックスがあり、そこには明確に『壁』がある……『ノルン・ド・ノアイユ』には、そんな交友関係に対する生々しさも描かれています。

『妖精』というファンタジックな要素と、『人間関係』というリアルな要素の見事な融合ですね。

性別のコンプレックス

次に『性別』によるコンプレックスです。

『ノルン・ド・ノアイユ』の第1部の舞台となるアストワル王国では、男性は騎士として、女性は淑女として生きるのが当然のように扱われています。当然ですが、男性が淑女のように刺繍やダンスをすることも、女性が騎士のように剣を持つことも「おかしいこと」だという共通認識があります。

ノルンはいわゆる訳ありの伯爵家の少女で、幼少期はアルルという別名で、男として……つまりは騎士として育てられます。
ですが、とあるキッカケで伯爵家を追われてしまい、公爵家に引き取られ新しく通い始めた学院では、淑女として生きることになります。
これまで騎士として生きてきたわけですから、いきなり淑女の嗜みだの作法だのについていけるはずもなく、当然、周囲から疎まれてしまいます。
そんな中で、「剣術の授業を受けたい」などと言い出すので、同じ授業を受けている生徒たち(当然男ばかり)からは奇異の目を向けられます。
立ち会いでも「女のくせに」「女が道場に立つな」等のバッシングを受けます。おまけに、ノルンには技量こそあれど、男性との体格差には抗えず、思うように戦うことができずに、精神的にも肉体的にも追い詰められていきます。

「女は剣を握ることは間違っているのだろうか」

そんなコンプレックスを抱えるノルンの支えになっていたのが、ヴェレニスという女性です。
ヴェレニスは、女性の身でありながら戦争でも指揮をとり、騎士として名を馳せた英雄的存在です。
ノルンは彼女に、ある種の自己投影をさせています。
一巻でいじめられっ子を助けた際にヴェレニスを名乗ったのも、アルルだった自分と重ねていたから、咄嗟に名前が飛び出したのでしょう。
ですが、ここでもやはり「女が剣を握るなんておかしい」と、助けたはずの被害者から糾弾されてしまいます。
ヴェレニスは、あくまでも過去の偉人で『剣を握る女性もいた』というくらいであり、一人の例外で世界の認識が変わるはずもないのです。まあ、私は『Fate stay night』のセイバーが大好きなので、是非ともノルンには淑女の学院でも変わらず騎士道精神を貫いてほしいなんて思っています。

……という、私の趣味は置いといて、これらといった「妖精が見える」×「騎士」というマイノリティの掛け算により、ノルンは唯一の存在として孤立してしまいます。
クレアやジェイダといった学友ができてからも、悩みを共有することはあれど、秘密を打ち明けることはできず、精神的な孤独は確かにあったのでしょう。
また拒絶されたらどうしようというノルンの思考は、マイノリティ特有の恐怖感だと思います。

アルルと向き合う話

2巻のストーリーは、『ノルンが自らの過去(アルル)と向き合う』が主な流れとなっています。

1巻では伯爵家を追われ、地位も名前も失ったノルンが、アストワル学院で新たな生活や人間関係を構築していくお話でした。
学友たちには救護院育ちだと真実を伏せつつも、徐々に淑女としての新生活に馴染んでいきます。

『アルルだった過去は忘れて、ノルンとして学園生活を謳歌しよう!』

そんな安易な切り替えができるほど、人間の思考や運命は甘くはありません。
いじめられている学院の生徒を見て思わず木剣を持って飛び出して助けてしまうのも、本来であれば、身分を隠しているので、そんなリスクとリターンの見合わない行動は起こすべきではありません。
彼女の中に確かに残った騎士道精神が、自然とそうさせたのだと思います。

ノルンの物語は、ノアイユ家に引き取られるシーンから始まるので、アルルの人生は既に過去のものとして扱われています。
では、アルルの人生は失われたのか?無くなったのか?そんなハズはありません。

「アルルは生きている」

この言葉に集約されるのではないでしょうか。
過去とはそう簡単に捨てられるものではありません。それがたとえ、捨てなければならないものであったとしても同様です。
周囲がノルンの過去を知らずとも、彼女自身の中に、確かにアルルだった頃の精神を捨て切れずにいるのです。
「アルル」というしがらみ。
ノルンの人生って、かなり皮肉が効いているように思うんです。
アルルだった頃の人生は、いわば周囲によって押し付けられたものでした。
訳あり立ったがために女性にも関わらず男として育てられ、騎士道精神を学ばされ、そこにノルンの意思はなかったでしょう。
女の身でありながら、淑女らしく生きることを許されず、男たちと剣を振らされる日々には、息苦しさもあったでしょうし、「どうして私だけ?」という疑問もあったと思います。
そして、そんな生活も彼女自身が問題を起こしたことにより伯爵家を追われ、ノルンという新たな名前でアストワル学院にて淑女として……すなわち、本来の性別としての生活ができるようになります。
不祥事によって本来の生き方ができるようになったというのも、十分に皮肉が効いているとは思いますが、本当の皮肉は「アルルは生きている」というノルン自身による言葉だと感じています。
せっかく、アルルだった頃を忘れて淑女として学院での生活を謳歌できるチャンスを手にしたというのに、肝心のノルンは、アルルだった……つまり男性としての人生を強要されていた頃の自分に強い執着心を抱いているのです。

ノルンは周囲の都合によって押し付けられた人生から、自らのアイデンティティを見出している……これには、痛烈な皮肉を感じずにはいられません。

おまけトーク

全然、本編と関係ないんですけど、私、ノルンが「アルルの口調」になる瞬間が大好きなんですよね。

クレアやジェイダの前では、割と女の子っぽいというか、落ち着いた雰囲気で少女らしい仕草や態度をしているのに、感情が昂ると「ふざけるな!」「私を、決めつけるな!」と相手が男でも容赦なしに怒鳴りつける場面があるんですよね。
こういった場面を見るたびに「あ、アルルになってる」と勝手にニヤついています。
ノルンがアルルであることには変わりないんですけど、ノルンとして淑女らしく生活している時と、口調が乱暴なアルルになっている時のギャップが可愛らしいです。
私もノルンに「ふざけるな!私は別に過去に執着などしていないぞ!」と言われたいものです。

(文・イカたんぺん)Twitter

今回ご紹介いただいた第1部『ノルン・ド・ノアイユ〈2巻〉』電子書籍

紙書籍版はこちら。↓


次回はエビハラさんによる3巻のご紹介になります。
どうぞお楽しみに!



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