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書籍紹介『ノルン・ド・ノアイユ』第3巻(文・エビハラさん)

 人は如何にして相互理解に至るのか。
 それはとても難しい。長い歴史をまたいで語り継がれてきた人類のテーマのひとつだ。
 僕は君を知りたい。
 君と何かを共有したい。
 プリミティブな感情を社会生活の中で素直に伝えることは、規範の中に組み込まれていくにつれて加速度的に難しくなっていく。
 かといって社会に出る以前、つまり子供であれば容易に気持ちを伝えられるかといえば、そうでもない。
 拙い言葉には限界もある。
 初めは何かの勘違い、あるいは些細な行き違いであったとしても、時を重ねるごとにそのズレは大きくなり、修復は困難になる。
 そのヒビ割れを目の当たりにするのが辛くて、相手と無意識に距離をとってしまう。強く当たってしまう。そうして、次第に心は離れていく。
 この物語の主人公、ノルンはそういった悲しみを抱えているキャラクターでもある。

相互理解へと至る物語

「ノルン・ド・ノアイユ」第1部の舞台となっているのは、騎士道を重んじる王国、アストワルだ。少年少女が寄宿するアストワル王立学院での出来事が多く描かれている。
 学院が舞台ということもあり、登場人物の多くはまだ年若い。幼い子供のようには素直になれず、大人のように打算的にもなれない年代だ。
 難しい年頃でもある少年少女達は、どうやって相手の事を知ろうとするのだろうか。
 この記事を書いている僕自身の事を思い返してみると、中学生から高校生の時期に誰かと激しくぶつかった事も、熱い何かを共有した覚えも無い。
 基本的に争いは避けるタイプだし、部活動はゴリゴリの個人競技だった。
 ひたすら、鉄球と向き合っていた……
(筆者は高校時代、所属する陸上部でただ一人のハンマー投げの選手でした)
 なんとも寂しい学生時代ではあるが、まぁそれはさておき。
 人間関係ってコストでしかないよね、みたいな寂しい事を言うつもりはないのだが、楽しいばかりではない事は、これを読んでみる皆さんも経験があろうかと思う。
 僕がここで述べたいのは、相互理解を試みる事にはどうしてもある種の苦しみが伴う、ということだ。自らをさらけ出し相手を知る事には、並々ならぬ勇気が必要になる。
「ノルン・ド・ノアイユ」第1部、第3巻は困難を乗り越えて相互理解へと至る物語だと僕は認識している。
 もちろん様々な要素はあるが、まず優先して語られるべきはこれだろうと考えた。
 この巻におけるカタルシスの根幹がそこにあるからだ。

描かれる青春群像劇

 第1巻、第2巻と物語は進み、この第3巻に至ると、主人公ノルン自身の視点に加えて、彼女を取り巻く様々な人物の思惑も深く絡まり合ってストーリーが進んでいく。
 つまるところ、青春群像劇だ。
 物語がこの構造になった時に、僕がどうしても気になってしまうのはいわゆる「嫌なヤツ」の存在だ。
 「ようようよう!」と威勢よく声をあげて現れたリーゼントの不良に小銭をせびられる、なんていうシーンは「ノルン・ド・ノアイユ」には当然存在しないのだが、これをひとつの比喩表現として捉えて僕の話を聞いてもらいたい。
 僕は、突然現れたこの不良のこともよく知りたいタイプだ。もしかして、家が貧しいんじゃないか。お腹をすかした弟や妹が、寒風の通り抜けるプレハブ小屋でこいつを待っているんじゃないか。威勢よく振る舞ってはいるが、本当はバックにもっと恐ろしいヤツがいて、常々上納金をせびられているんじゃないか。
 と、こんな風に考えてしまう。
 この人物はどうして、そうしたのか。
 モラルに反するような青少年の行動を、ただ理由なき悪意と捉えて断じるのは容易いが、ひどくさもしい。
 都合のよい設定を後からわかりやすく付与することも何かが違うように思える。
「ノルン・ド・ノアイユ」はこのリーゼントの不良(概念)を、とても丁寧に描いた。
 第一部だけで全四巻、このボリュームだからこそ、ここにそれだけのページ数を割くことも出来たのだと思う。
 特にこの第三巻においては、それがとても顕著だったと感じている。いわゆる敵役として据えられた彼らも、己で作り出した檻の中でひどくもがいていた。
 僕の胸は締め付けられた。
 第3巻を読み終わった後、「このリーゼント(概念)は、大丈夫ですよね? このまま、ただ堕ちていきませんよね??」と作者であるNUEさんを問い詰めてしまった程だ。
「知りたければ続巻を……」という話だったので、ハラハラしながらそれを手に取った。
 第4巻についてはここで語るべきではないので、次の担当者に任せるが、このリーゼント(概念)の扱いについては、結果的に僕は大いに満足した事だけはここで述べておこうと思う。
 特に青少年を描く作品においては、スタンダードな悪役がただ酷い目に合って終劇、という展開はなるべく避けるべき、というのが僕の考えだ。というか、願いである。
「ノルン・ド・ノアイユ」はその願いに、実に誠実に応えてくれた。
 この場を借りてお礼を言いたいぐらいだ。

天下一武道会のような剣術大会で繰り広げられる、青春活劇

 西洋的なファンタジーである「ノルン・ド・ノアイユ」の紹介文で突然リーゼントの不良(概念)について語り出してしまい、大変混乱を招いたと思うのだが、これはご容赦願いたい。
 筆者なりのネタバレ配慮なのである。
 どうせだから、もう少しだけこの不良の例えにお付き合い願いたい(しつこい)。
 往年のヤンキー漫画でよくある描写の一つとして「殴り合って分かり合う」というパターンがある。
 近年大流行りした「東京卍リベンジャーズ」も、よくよく読んでみるとこのフォーマットを踏襲していることがわかって面白い。
 相互理解に至る一つの方法として「全力でぶつかり合う」というシンプルなこの絵面は、世代を超えて受け入れられている。
 では、「ノルン・ド・ノアイユ」における「全力でのぶつかり合い」とはどんな事を指すのだろうか。
 ズバリ、それは剣である。
 第1巻の紹介文でも記したが、「ノルン・ド・ノアイユ」を語るにつけて外せない要素の一つとして剣戟がある。
 火薬を用いた兵器や、いわゆる魔法が存在しないこの世界においては、剣術が武力であり、騎士道が道徳として重んじられている。
 王立学院という教育機関で、将来騎士となるべく青年たちは剣の腕を磨く。
 この第3巻では、その力と技を比べ合う剣術大会が学院をあげて開催される事となる。
 国内外から名のある貴族でもある生徒達の保護者が集まり、その様子を観戦するのだ。
 その形式はトーナメント戦であり、優勝者には名誉ある称号が与えられる……。これはもう、天下一武道会のノリである。
 ドラゴンボール、聖闘士星矢、幽☆遊☆白書、烈火の炎、etc...
 こういったバトル展開の例を挙げればキリがないのが僕の世代でもある。
 やっぱりこういう大会って燃えるよなぁ、としみじみと思う。
 ノルンのみならず、剣術大会には様々な思惑を抱えた人物達が出場する。
 拭い切れない因縁のある者、誇りを守る為に戦う者、剣術をひたすらに愛する者、譲れない思いがある者。
 彼が何を思い、戦うのか。
 そして、戦いの果てに何を得るのか。
 学生の剣術大会である故、ここに繰り広げられるのは血みどろの命の奪い合いではないのだが、それ故に、彼らは激しく誇りをぶつけ合う。ギラギラと熱い青春活劇としての様相があるのだ。
 また、少年漫画好きな人ならわかってくれると思うのだが、こういったバトル展開には「解説役」の存在がつきものだったりする。
「ノルン・ド・ノアイユ」では、その「解説役」を意外な人物が務めたりするので、そこも注目していただけると嬉しい。
 あと、あんまりキャラの名前を出すとネタバレになってしまうのかもしれないが、一人だけ僕が入れ込んでいるキャラクターを紹介させて欲しい。
 それは「ガレオ」という名前の男だ。
 第2巻までのお話をしっかりと読み込んでいる読者は、その名前に見覚えがあるかもしれない。
「ガレオ」はこの巻ですごく良い働きをしたと僕は思う。
 詳しくは話せないし、作者であるNUEさんに僕のガレオへの想いを伝えた時も「え、そいつですか?」的な反応をされてしまったのだが、僕はガレオを讃えたい。
 ガレオみたいな男がいつか騎士団の小隊を率いることがあれば、きっと隊員のみんなを必ず生還させるような働きをすると思うのだ。(買い被りすぎか?)
 とまぁ、これは好みの話。
 このように第3巻では様々なキャラクターが、それぞれの思惑を抱いて躍動する。
 剣術にまつわるエピソードの集約点のような部分もあるので、剣をぶつけ合う白熱のバトルシーンは是非ワクワクとした気持ちで読んでもらいたい。

最後に

 相互理解に至る「全力でのぶつかり合い」の一つとして剣術大会を挙げたのだが、もちろんそれだけで全ての人物が互いに理解し合えるはずもなく、剣はあくまでもきっかけのひとつに過ぎない。
 その問題を乗り越えるには、痛みと正面から向き合い、鏡に映った自分の姿を正視しなければならない。
 ノルンはこの物語が始まる前から、ある因縁を抱えている。
 その想いは複雑で、長い時を経てこんがらがってしまっている。
 その絡まった紐をひとつひとつ解いていくように、ノルンは剣を打つ。
 想いをぶつけるのと同時に、その身体で相手の思いも受け止めていく。
 自らをさらけ出し、本音をぶつけ合う。
 まさに青春活劇であると思う。
 ノルンを助ける存在の協力もあり、物語は一つのカタルシスを迎える。
 このエンディングは、暖かい。
 作中の季節は冬であるが、雪解けに向かうような爽やかな風が吹く。
「ノルン・ド・ノワイユ」の第3巻を手に取ってもらえれば、僕がこの巻を相互理解へと至る物語である、と評した理由がきっとわかっていただけると思っている。

* *

 さて、このように第三巻を評してきた訳だが、物語はまだ終わりではない。
 まだ決着がついていないリーゼント(概念)との因縁(まだ言うか)。
 ノルンの恋の行方。
 芽生えてしまった感情に戸惑う一人。
 裏切りと別れ。
 蠢き出す陰謀の影。
 そして、ノルンの瞳の秘密。
 学院編も佳境に差し掛かり、とうとう物語は大人に守られた若者達の世界を越えて動き出す。
 激動の第4巻の紹介は次の執筆者に委ねるとして、僕はひとまず筆を置く事とする。
 次回、「ノルン・ド・ノアイユ」第4巻の紹介文を、みんなで読もう!

(文・エビハラ)Twitter

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次回はイカたんぺんさんによる第一部の最終巻をご紹介いただきます。
どうぞお楽しみに!



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