失恋の特効薬はパーソナルジムにあった
交際1年半、同棲して1年、ソファに寝そべりながら「結婚するか~」「せやな~」と口頭のゆるい婚約を交わした2ヵ月後。とある肌寒い秋の日に、彼氏から別れ話がでた。なんでやねん。
事の発端は私だ。ここ最近なんとなく、本当になんとなく彼との心理的距離を感じる気がして「なんか、気持ちの変化でもあった……?」と恐る恐る聞いてみたら見事大当たり。「別れたほうがええんかなって思ったりしてる」という彼の言葉にヒュッと胃が縮んだ。
どうやら原因は「理想とするパートナー像の違い」にあるようだった。当時、私は彼との気の合う親友みたいな関係性に心から満足していた一方、彼のほうは交際当初のような男女のラブラブ感が失われていく日々に危機感を感じていたそうだ。
恋愛相談コンテンツなどでよく見る男女のすれ違いが、まさか自分たちの身にふりかかっていたなんて。驚きとショックをうまく消化できず、いったん家を飛び出して女友達に泣きながら電話した。
もう終わりや!!ウエエエエエ!!!と取り乱す私に、彼女は「え、まだはっきりフラれたわけちゃうんやろ? さっき初めてその話出たんやろ? 諦めるん早すぎちゃう? もうちょっと話し合ったりとか、なんかできることあるんちゃう?」と冷静なアドバイス。
そうか、確かに彼はまだ迷っているような口ぶりだった。つまりこれってまだ起死回生のチャンスはあるってことだよな……?
今なら彼の言葉がオブラート5枚包みの「別れたい」であることはよく分かるのだが、幸か不幸かあの頃の恋愛偏差値35だった女にそこまでのお察し力はなく、友人の助言もあってようやく少しの希望を持つことができた。
彼と別れないために、一体なにができるだろうか。
彼が求める男女のラブラブ感を復活させるには、私がもう一度彼にとって魅力的な女性になる必要がある気がする。
魅力的な女性。
魅力的な女性とは。
秋の夜風に吹かれ、冷えた頭でひとつの結論を導きだす。
家に戻り、心配そうな顔で迎えてくれた彼に告げた。
「私、パーソナルジム通うわ」
「?」
出した結論は「痩せる」だった。恋愛偏差値35の精一杯。
当時の私は、身長157cmに対して体重61.0kg、BMIは24.75。肥満認定まであと0.25という標準ギリギリチョップな体型だった。
同棲中の私はといえば、痩せの大食いである彼につられて毎晩もりもり白米を食べ、金曜の夜には必ず「1週間がんばったごほうびのジャンクパーティーじゃあ!」と、彼とビールで乾杯しながら大盛カップ焼きそばと食後のポテチひと袋をたいらげる恐ろしい生活をしていた。
ウキウキ楽しい同棲ライフの裏側で、私の身体は虎視眈々と脂肪をため続けていたのだ。
体型について直接彼からダメ出しされたワケではないけれど、見た目の変容は少なからず彼の気持ちに影響を及ぼしているのではないか。我ながら単純だが、その時は「痩せればどうにかなる」と本気で思った。
自力のダイエットはすでに5000回ほど失敗に終わっている。本気で、かつ短期集中で痩せたいのならば、課金で結果にコミットするのがベストだろう。
すぐさま近所にパーソナルジムがないか検索をかけると、会社への通勤途中にある某ジムを発見。しかも「11月キャンペーン!入会金無料!2ヵ月でなんと29,800円!!」とのことで思ったよりもずいぶん安い。善は急げと、さっそく翌日に無料体験の予約を入れた。
一筋の光明を見つけて奮起する私に、彼は少し困ったような笑顔で「おぉ、じゃあ頑張って(^^)」と優しい言葉をかけてくれた。
◇◇
無料体験当日。
ホームページに書かれた「安心の女性向けジム!」という宣伝文句からなぜか「つまりトレーナーは女性!」と思い込んだままお店の扉を開けると、受付に並んでいたのはマッチョ兄さんとマッチョ兄さんとマッチョ兄さん。マッチョ兄さんしかいない!
わたしの中のコナン君が「あれれ~?」と戸惑いを見せるなか、いちばん笑顔と筋肉がすごいマッチョ兄さんに案内され、まずは応接室のような部屋でカウンセリングを受けた。
現在の身長、体重、食事、生活リズム、身体の悩み、理想の体重とその理由、いちばん痩せたい部位、痩せたらやりたいこと。カウンセリングシートの項目をきっちり埋めてマッチョ兄さんに提出した。
理想の体重は、現状からマイナス8kgの53kgにした。私の身長だとその辺りがちょうど標準体重らしい。
痩せたい理由は「ダンスをやっているので、筋肉をつけて健康的に身体を引き締めてカッコイイ体型で踊りたい」みたいなことを書いた。おぉ~良い目標ですね~~とにっこりマッチョ。
先生ちょっとウソですごめんなさい。カッコよく踊りたいのはもちろんですけど、もっとリアルな真の目的は「キレイに痩せてもう一度彼の気持ちを取り戻したい」であり、ついでに「失恋寸前ですでにバグりかけてるメンタルを合法的に鎮静したい」ってな事情もあって、今の私にはもう筋トレしかないんです………という切実な想いは鍵付きで胸に秘めた。
カウンセリングが終了し、いよいよトレーニング開始。
「じゃあまずはプランクってやつをやってみましょう! プランクって分かりますか? 体幹を鍛える定番のトレーニングなんですよ!」
マッチョ兄さんの丁寧な説明を聞きながら内心ほくそ笑む。プランクですよね。知ってる知ってる。踊りのチームで教えてもらって家でも時々やってるやってる。そしてこう見えて私けっこうプランクできちゃうんですよ先生。
なんてドヤ顔をひた隠しながら、マットの上でプランクのポーズをとる。
おぉ!プランク分かってますね~いいですね~!と、マッチョ兄さんのお褒めに預かり調子づく私。
「じゃあ、あとはちゃんと肘を肩の真下に置きましょうか。お尻から後頭部までを板みたいになるよう真っすぐに、お腹とお尻をギュッと引き締めたまま力は抜かないで。けっこう反り腰になっていてお腹が下がっているので背中少しだけ丸めましょうか~!」
怒涛のアドバイスと補助を受けてポーズを矯正する。
スッススストップストップストップストップギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブ!!!!!
え、正しいポーズきっつ。
正しいポーズ、きっつ!!!
今まで私がやっていたプランク is 何……?と絶望するレベルで、正しい姿勢のプランクは効果抜群。プルプル震える体から、きちんと使えていなかった各種筋肉たちの悲鳴が聞こえるようだった。
「じゃあコレでまずは40秒!」
プルプルしながらなんとかクリア。
「じゃあ10秒休憩してもう1回40秒!」
プルプルしながら瀕死でクリア。
「じゃあ10秒休憩したらラスト1分!」
いったん他界。
マットに倒れ込みながら心が叫ぶ。
休憩10秒みじけぇ!!
「真崎さん、最初にしては素晴らしかったですよ!ちゃんと最後まで出来ましたね!2回目くらいからちょっとずつ腰が反ってきたので、次やるときはお腹が下がらないよう意識してみてくださいね~!」
ハヒィィィハヒィィィと必死に酸素を吸いながらマッチョ兄さんのアドバイスを聞く。
筋トレって正しい形でやらないと意味ないんだな……今までひとりでできた気になってのも間違ってたんだな……こうやってプロに見てもらいながら正しくトレーニングできるのめっちゃいい環境だな………!
と、ありがたがる暇もなく、30秒後には無慈悲にも次のメニューが始まる。休憩みじけぇ!
「次にやるのはブルガリアンスクワットというトレーニングです!ご存知ですか?」
存知なかった。聞けば片足を台にのせて行うスクワットらしく、ケツ筋を引き締めるのにとっても効果的らしい。
今回は片ケツずつ15回×3セット。初めてのトレーニングに戦々恐々としたが、やってみたら、意外にもけっこういける!
再び調子づきながら意気揚々と続けていたところに、またもマッチョ兄さんのアドバイス。
「もうちょっと身体を前傾して、台にのせてる足には力入れないで、背中をできるだけ真っすぐにしたままお尻を突き出して……」と少しずつ正しい姿勢に導いてくれる。
アドバイス通りにお尻を突き出した。
とたん、ケツ筋から悲鳴。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいい!!!あの!お尻!ちょ!すご!めっちゃ痛いです!オォォォォォォォォォォォ!!!!!」
1回スクワットするたびにウォォダォォと叫び散らすわたしに「素晴らしい!ちゃんと正しい姿勢でスクワットできている証拠です!その調子その調子~☆」とにっこりマッチョ。
くっそ〜このマイルドSが!そういうの嫌いじゃないです!
なんとか無事に両ケツ分をこなし、マットに突っ伏しながらマッチョ兄さんに弱音を吐く。
「めっちゃキツいですね……ブラジリアンスクワット……」
「ふふ、ブルガリアンスクワットですね~☺」
「 」
その後もあの手この手の多種多様な腹筋をこなして2度目の他界。息絶え絶えのままストレッチして無料体験は終了となった。
今回の筋トレ時間は約20分。
「もし通ってもらう場合は毎回60分やりますからね~!」とのことで、痩せるが先か、はたまた早々にケツ筋 NO OWARIを迎えるかの仁義なき戦いになりそうだ。
最後にカウンセリングルームに戻り、コースと契約金についてのお話を受ける。
いちばん人気のコースとして薦められたのは、週2ペースで計16回、約2ヵ月間のコース。お値段は143,000円。わたしの中のコナン君が再び「あれれ~?」と首を傾げた。
広告に出てきた29,800円のキャンペーンについて聞いてみると「あれは新しくできた別の店舗で適用するのが良いやつで……この店舗ではあまりお勧めしていないんですよ……」とごにょるマッチョ兄さん。詳しく説明を聞いてみると、なるほど、確かにあまりメリットを感じられなかった。
え、釣りじゃん………(´・ω・`)
とは思いつつ、もうこのタイミングで来てしまったのも何かのご縁だと思うことにした。こういう時は勢い任せにするが吉。機を逃すと彼をも逃す。
その場でマッチョ兄さんに契約の意思を伝え、翌週から2ヵ月間のパーソナルジム通いが確定した。
よーし!
ここでいっちょ頑張って身体しぼってキレイになって、もう一度彼を振り向かせるぞ~~~!
◇◇
そう固く誓った契約翌週、彼と正式に別れることになった。なんでやねん。
別れを迷う彼との暮らしは想像以上に心を抉るものがあり、家にいるとどうしても情緒不安定になってしまう。私はあっという間に憔悴し、そんな私を前に彼も心苦しそうな様子を見せる。
耐えきれずに別れを切り出してみると「言わせてごめんね」と切なげに受理され、ケツ筋以前に同棲 NO OWARIを迎えた。
大好きだった彼との別れは本当につらく、仕事中やふとした瞬間に思い出しては胸がギュッとつまって涙が溢れてくる。失恋経験は数あれど、初同棲を経ての別れはかつてない程の大ダメージだった。
あの時期の私を救ってくれたのは、電話や酒の場でたくさん話を聞いてくれた女友達たち、そして、パーソナルジムのトレーニングだった。
「真崎さんいいですね!上手い!姿勢いいですね!腰反らないようにだけ気をつけて!はい残り3秒!2秒!1秒!は~~~い最高です100点満点~~~!!!」
マッチョ兄さんの温かな励ましとアドバイスとヨイショを一身に浴びながらのプランクにスクワットにブルガリアンスクワットにダンベル付きスクワットに腹筋腹筋腹筋腹筋ラストに限界突破の有酸素運動!という怒涛のトレーニングは、失恋の悲しみ、涙、胃痛が襲ってくる隙を一切与えない。
特にサーキットと呼ばれる有酸素運動が本当に、本当にきつく、20秒×3セットを終える頃にはいつも酸欠寸前。つらい現実ごと頭を真っ白にしてくれた。
トレーニング直後は身体の疲れ、翌日以降はすさまじい筋肉痛に襲われる。トイレや階段の上り下りすら困難にさせる物理的な痛みが、精神的な苦しみを凌駕していく。心よりもケツ筋が痛い。
ジムのサポートは、トレーニングだけでなく食事管理にまで及んだ。毎日の食事を記録し、都度食べたものを写真に撮ってマッチョ兄さんに送信する。
すると「お昼ごはん、ちょ~っと白ごはん多かったですね!この半分くらいですね!あとミートボールはダメ!だし巻きも実は脂質多いですからね~!ゆで卵がいいですね~!」と容赦ないフィードバックが返ってきて逆に笑えてくる始末である。晩ごはんは鍋最強という教訓を得た。
2ヵ月間のパーソナルジム通いを経て、最終的には5.5kgの減量を達成。正しいトレーニング方法や食事の摂り方を習ったおかげで、その後もリバウンドすることなく体型をキープできている。なにより、自分の決意と努力でダイエットに成功した経験は、失恋で失いかけた自尊心の回復にもつながった。
ジム通いにおける本来の目的は早々に未達となってしまったのだが、思わぬ結果オーライだった。143,000円の課金に一片の悔いなし。
「つらい時こそ筋トレをしろ」という半分ネタのようなライフハックツイートを時々目にするが、あれはまあまあ真理なのだと今なら思う。
心の傷を癒す時間稼ぎとして
少々荒っぽい現実逃避として
すり減った自信の奪還策として
つまりは失恋の特効薬として、私は声を大にしてパーソナルジム通いをおすすめしたい。つらい時こそ筋トレである。