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12.これまでのバスケ人生(中学編⑦)

いよいよ中学編も今回でラストです!
本当はもっと書きたい思い出がありますが、
覚悟を決めた3年の引退がかかった試合で締めたいと思います。
3年間の中でも一番色々な思いが詰まったエピソードです。

監督の異動

3年になる直前に衝撃が走りました。
なんと監督が別の中学へ異動することが発表されたのです。

引退まで監督から学べると思っていたのでその時のショックは大きかったです。

新しく顧問になった先生は、バスケ未経験者でした。ですがコーチは引き続きついていただいたのでやることは特に変わらず練習に励んでいました。

最後の試合

あっという間に時間が過ぎ、引退のかかった試合の日が来ました。
対戦する相手は、直前の試合ではギリギリ勝っていましたが互角の相手で苦戦は必至でした。

そして、監督が異動した先の学校でした。
ただし、監督は顧問に入っていませんでしたが、試合を観に来てくださいました。

そして、負けられない試合が始まりました。

覚悟

1クォーターを終わった時点で、10点近く負けていました。失点の多くは自分のマッチアップ相手でした。悔しさと負けられない想いと責任感から一つの覚悟を決めました。

「コーチ!2クォーターのはじめから自分1人だけオールコートマンツーでいっていいですか?」

本来はコートの半分から後ろで1対1でマッチアップする相手のディフェンスにつくのですが、それでは相手に好きに動かれるので1人だけディフェンスになったら相手陣地からマークマンにつくと志願しました。

当然今までやったことはありませんでしたが、ハードな練習をやってきた自信から自分ならやり通せると確信がありました。

コーチからも了承いただき、2クォーターから腹を括った未知の試合が始まりました。

次のトラブル

失点を抑えることに成功し、試合が白熱してきました。
試合の前半をほぼ互角で終えたところであるトラブルが浮上します。

ファールトラブルです。

前半終了時点で自分が3つのファールを取られていました。あと2つで退場なのですが、ファールが4つになると自由にプレーしにくくなるので実質リーチでした。

そして、3クォーターの途中で4つ目のファールを取られてしまいました。
ベンチに下がることができない状態だったので続行しましたが、
カウンターからの嫌な流れを止めようとして5つ目のファールを取られ退場となりました。

今振り返るとカウンターから流れを持っていかれるより自分が退場した方が致命的でしたね汗

その後、試合は徐々に相手チームの流れとなっていき中学でのバスケは引退となりました。

試合後と後日譚

試合後は、泣きながらチームメイトと話あっていましたね。ほとんど謝っていたような気もしますが笑

怒ったり泣いたり笑ったり色んな感情があった1日でした。監督とも最後話ができたことはよかったですね。めっちゃダメ出しされた記憶がありますが笑

後日譚ですが高校のOBチームにコーチもいらっしゃるので社会人になってから一緒に飲む機会がありました。その時に最後の話を振り返ってよく話します。

「あの時の縫部の覚悟と決断を俺が止めちゃいかんと思った。コーチとしては止めた方が正解だったかもしれんけど。」

今となってはその決断と実行があったから自分で決めた道を迷わず進む生き方ができていると思います。そしてやらせてくださったコーチに感謝しかありません。

そして話のオチには、「本当に退場したけど笑」とつくまでがテンプレです。

失敗談も今となってはいい酒の肴です。

そして数年前に恩師である監督が亡くなりました。社会人になってからお会いしていなかったので一度は一緒にお酒を飲みたかったという思いもありますね。。

監督やコーチに出会えて学べたことが自分の大きな財産です。

仮にもう一度人生があるならお二人からまた学びたいです。

長くなりましたが、バスケ人生の中学については以上です。
もっと色々エピソードがありましたが、(試合中に喧嘩した話など)書ききれないのでこれだけはというエピソードを厳選しました笑

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

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