【おはなし】塔の街のヌーとモモ⑤
ep.5 池のほとりで
ここは塔の街。
その名の通り、大きな塔のような形をしていて、その周りを螺旋状の大きなレンガ道がぐるりと囲み、家だの商店だのが建ち並んでいます。急な坂道、入り組んだ路地は迷路のよう。上に上に街は続いていますが、てっぺんには霧がかかっていて、どうなっているのか誰も見ることが出来ません。
「大きな塔」、「小さな島」この街はそんな風に呼ばれておりました。
ヌーはいつの間にやらこの街にいた女の子です。のんびり屋で、お菓子とパンと珈琲と日記をつけることと、この街が大好きです。
それに友達のモモに色々とこの街のことを教わるのも好きでした。
モモはさびがら模様の毛並みにこがね色の大きな目をした街の住人で、いつも優しくて物知りです。
「街は生きているのさ」
モモは前に、ヌーに言いました。
ふたりが初めて出会った時のことです。家や扉や階段を増やしたり、減らしたりしながら、少しづつ、ゆっくり上に伸びているのだと、そう言いました。
そのとき、ふたりは今度釣りに一緒に行こうと約束して、今日は、まさにそのために森の中の大きな池にやってきたのでした。
「そういうことなら、ずーっと昔は、街は砂場の小山みたいに小さかったのでしょうか。」
池のほとりの石に腰掛けて、釣り糸をたらしながら、ヌーはモモに問いかけました。
「そうかもしれないね。さすがにぼくには、そんな気の遠くなるような昔のことはわからない。」
モモはそう答えて、池に釣竿を投げ入れました。ぽちゃん。静かな池の水面に丸い波紋がいくつも生まれてやがて消えました。
そのあとは、さざなみひとつ立たず、あたりはこれ以上無いくらい静かでありました。時おり、鳥の鳴く声が遠くで小さく聞こえるだけでした。
「ほら、ここを見てごらん。」
モモは、腰かけた石のそば、足元に生える草を指差しました。ヌーが目をやると、赤い背中をして、黒い星の7つついたてんとう虫が草を登っておりました。
「昔は、彼らのようなものだけが街の住人だったのかもしれない。」
ヌーは小さな小山のような、生まれたばかりのこどもの街に、小さな生き物が住んでいるところを想像しました。てんとう虫やアリや蝶や蜜蜂がめいめい暮らしていて、そのうちに街が大きくなってウサギや鳥がやってきて、そうしていつしか今のようになったのでしょうか。
「それはとても不思議なことだわ。」
「さあ、実際のところは、ぼくも知らないけどね。」
「いつか、私たちよりも大きなものが住む街に、なるんでしょうか。」
「きみは、分からないことを考えるのが好きだねえ。」
モモは少し呆れて言いました。
「どんなものも、永遠に生きることは出来ないからね。」
池は、あいかわらず静かなままです。風もなく、森の木の葉がかさかさ鳴る音さえありません。
「どうやら、この間の嵐で魚たちはみんなどこかへ行っちまったらしい。この池はこう見えて、入り組んでいるんだ。別の水場まで泳いで行ったに違いないよ。」
「あら、それは残念ねえ。でもこうやっているだけで、なにか穏やかで、清々とした気持ちになるわ。」
「そうかね。きみがそう言うなら、もう少しこうしていよう。」
よく晴れた爽やかな日のことでありました。魚は1匹も釣れませんでしたが、ふたりはそうして日が暮れるまで池のほとりに座って色々な話をして過ごしました。
帰りに市場で燻したハムとパンとチーズと蒸した魚を買って食べ(これで、結局魚を釣ったのとおんなじことだ、とモモがいいました。)、そうして夜には満足した気持ちになって、それぞれの家路につきました。
寝る前にヌーはこの街がこれからどんな風になっていくのか考えました。きっとほんの少しづつ、木の幹が年輪を重ねるように太く、そして日の光を求めるように上に伸びていくのでしょう。それを思うとすぐに眠たくなってきて、そうしてぐっすりと朝まで眠りました。
ep.5 end
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