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【おはなし】塔の街のヌーとモモ⑥

これまでのおはなし

ep.6  「ひみつピクニック」

よく晴れた日のこと。ヌーは気持ちよく洗濯をしておりました。ヌーの部屋には小さなバルコニーがありましたが、ここのところたくさんの植物を育てていて、(ヌーは種のある野菜や果物を買って食べてしまうと、その種を植えてみなければ気がすまないたちでした。)鉢植えやプランターで手狭なっているところでしたので、今日は部屋の中に、窓から部屋の端までロープをかけて、そこに洗濯物を吊るして干しました。天気が良いので、部屋の中まですっかり日が入ってきます。

「これなら、しっかりと乾きそうだわ!」

ヌーは安心して、バルコニーの植物たちに水をやりました。サンセベリアの新芽が、可愛らしく土から顔を出しておりました。

「おおい、いるかね」

すると、表の通りからいつもの声がしました。バルコニーから下を見ると、モモが訪ねてやって来ておりました。

「はあい、はあい」

ヌーは下に向かって手を振りました。

「今日は仲間と"ひみつピクニック"をするんだ。きみも来ると良い。たのしいよ。」

「ひみつピクニック?私はそれがどんなのか知らないけど、楽しそうね!何をしたらいいの?」

「誰を誘うかも、何を持って行くかも、何時に始めるかも、全部ひみつにしてやるピクニックなんだ。だから、きみも好きな時に、好きな物を持って来ると良い。食べ物でも、ゲームでも、ガラクタでも、何でもいいんだ。場所だけは、ひみつにしたら上手くいかないから、決まっている。南の丘のプラタナスの木のそばだよ。」

「それって、すっごく面白そうね!」

「それじゃあ、また後で会おう。」

そう言ってモモは行ってしまいました。
彼はいつでも少し微笑んだような顔をしていて、おおいに喜んだり、怒ったりということはしないのですが、ヌーにはモモもわくわくしている様子に見えました。

「そうと決まったら準備しなくっちゃ!」

ヌーはそう言って、はりきって腕まくりをしました。


街の広場から見て南のあたり、家や商店の栄えている場所を通り抜けた森のそばに、芝生におおわれた小高い丘があります。そこが、今回の会場でした。風は涼しく、日差しは心地よく、ピクニックをするには、今日しかないという日和です。

ヌーが登って行くと、プラタナスの木のそばに幾人か人影が見えました。

「おーい、こっちだ」

モモはすでに着いていて、手を振ってヌーを呼びました。ほかに赤毛の毛並みの若者(いつか果物狩りで少しだけ会った彼です)と、まつげの長い、明るい灰色の毛並みの女性が居ました。ヌーは、彼女が市場でレモネードを売っているのを見たことがありました。

「やぁ、どうも。」
「はじめまして、ヌー。ひみつピクニックへようこそ。さ、どうぞそこへおすわり」

赤毛の彼はたばこをふかしながら素っ気なく、灰色の彼女や優しくそう声をかけました。ふたりは、それぞれ、ロイとシャーペイと名乗りましたので、ヌーも挨拶をしました。

ピクニックはもうすっかり始まっていました。芝生に色々な柄の布をひいて、その上にたくさんの美味しそうなものや珍しいものが並んでいました。バケット、アップルパイ、サンドイッチ、積み木の玩具、ミルクティー、ピザ、車の模型、ブリキの缶、魚の燻製、変わった形のペッパー・ミル、タマゴのサラダ……

「すごいご馳走ね!わたしは、こんなに良いものをたくさん持ってきてないわ…」

ヌーは少し気後れして言いました。

「ひみつピクニックだからね、先に来て始めていた仲間たちが、帰る時に残ったのを置いていってくれるんだ。それで、どんどん増えていくんだよ。」

モモにそう言われて、ヌーは少し安心しました。

「そうよ、気にしないで。ロイなんて、自分のタバコしか持ってきていないんだから。」

「ふん、どうだい、きみも。木苺のたばこだぜ。」

ヌーはびっくりして首を横に振りました。

「ふふん、まだお若いから。」

「さ、これを試してみて。ピンクグレープフルーツのソーダなの。」

シャーペイはそう言ってピンク色のジュースをくれました。彼女はレモネード以外に市場で売るジュースを考えていて、これは新作だと言いました。
ヌーは家で焼いたパンとアトリアのジャムを持ってきました。3人は気に入ってくれたようで、ほっとしました。ほかのご馳走も、全部を少しづつとって、どれも本当に美味しく楽しみました。

途中、また誰かが、めいめいに自慢のものを持ち寄ってやってきては、誰かが帰っていきます。ご馳走やその他いろいろな物が、増えては減り、また増えました。ヌーはひみつピクニックがすっかり好きになりました。

そのうちに、日が落ちてきました。丘一面が、夕暮れの色に染まります。

「おれは、そろそろ帰るよ。」

ロイはそう言って立ち上がりました。ちゃっかり、誰かが置いていった美しい柄の箱のマッチをひょいと取ってポケットに入れ、ひとつ残っていたパンをつまむと、食べながら行ってしましました。

ヌーとモモも帰ることにしました。
シャーペイは、わたしはもう少しいるわ、と言いました。二人は彼女に別れを告げて、家路を歩きはじめました。

「大丈夫かしら。まだたくさん、ご馳走が残っていたけど…」
「大丈夫さ。夜にしか、来ない奴らも居るからね。」

ヌーはそれを聞いて安心しました。いったい、ひみつピクニックはいつまで続くのでしょう。

ヌーは、誰かが持ってきて、置いていった花柄のボタンを貰ってきました。家のガラスの瓶に入れて大事にしまっておこう、と思いました。モモはというと、釣りに使うキラキラした偽の魚の飾りを貰って嬉しそうでした。


家に着いたあとは、たくさんのご馳走を食べて、本当にお腹がいっぱいだったので、温めたミルクを少し飲んで、それであとはぐっすりと眠りました。

ep.6 end

つぎのおはなし


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