見出し画像

N0.33 市川貴之氏〜水素で社会を変えてゆきたい〜

 私たちは学生症候群という、仕事の納期をギリギリまで伸ばして追い込み型で仕上げるような、よくない習慣に囚われています。市川先生も岡山県の公立中学校時代、その癖が抜けずに500人のマンモス進学高校に進んでも、周回遅れで下位1割の成績になって初めて現実に向き合い、その後は一気にスタートダッシュで学年トップの成績を納め、学業の面白さを予備校講師アルバイトに活かして、高収入と大学での学費を自ら捻出して、理論物理学に目覚めました。当時の報酬は大学での教員給与を凌いでいたそうです。

――科学への目覚めはいつ頃でしたか

 高校の成績挽回期には数学と物理が好きで予備校講師も務めましたが、NHKスペシャルの「アインシュタインロマン」を観て物理学への漠然とした関心から総合科学部という珍しい領域の広島大学を選びました。広島大学で理論物理系の学位を取得したのち、隣にあった研究室がなぜか気に掛かり、物理から実験化学系の水素研究に転向したのです。何か新しさを感じて、物理学とは異なる数式では表せない世界に気づいたのかもしれません。すでにある研究テーマでは、そこにあるのは競争であって負けてしまうかもしれない勘が働きました。新しい領域なら世界一を目指せるかもしれないってね。

――水素研究とはどのようなことをなさるのですか

 水素の特性はとてもユニークです。構造は単純ですが、それでも環境によってマイナスイオンになり、またプラスイオンにも変化する特性があります。物理、化学、生物、金属との相性も良く、多様性性能があるのです。また、エネルギーとして見る際には、貯蔵や輸送、利用にとっても扱いやすい物質なのです。現在の難点は製造コストが高い点にありますが、社会や地球環境、政治の場面でも注目されていますし、燃料電池や内燃機関エンジンへの応用もあるので、常に注目されている分野なのです。

市川先生研究室風景

――研究を目指す後進へ

 興味を深めることでしょうね。先例を学ぶだけでなく、「半歩先のその先の領域」を目指して欲しいです。学問領域をマスターすることももちろん大切ですが、さらにその先を広げて行けば世界一になれる可能性もある。たとえニッチなテーマであっても、勝負を掛ければ勝てるかもしれないという挑戦に喜びを見出して欲しいですね。
 私の研究室には歴代の学生が残してくれたゴルフクラブがたくさんあって、コンペを競いながらリフレッシュしています。私自身も学生時代には野球チームに入っていました。研究=研究室に籠る、のではいけないのです。 
 発想は降りてくるもの、気分転換が大切ですね。

書棚と研究室所有の共有クラブ

 NTSには水素関連の書籍が多く揃っています。市川先生に仕立てていただいた「水素利用技術集成Vol.6」では、現在までの知見が全て網羅されています。水素は単純な構造でもその奥行きの深さ、私たちの社会への大きな期待を背負っている素材の未来を、新たな切り口でさらに世界が広がる予感を感じ取ってください。

<取材:2024/03/25>

略歴
2017年〜広島大学大学院工学研究科 教授
2015年 広島大学大学院総合科学研究科 准教授
2007年 広島大学先進機能物質研究センター 准教授
2006年 広島大学先進機能物質研究センター 助教授
1993年 広島大学総合科学部総合科学卒業

NTS書籍
2024年4月 水素利用技術集成 Vol.6 ~炭素循環社会に向けた製造・貯蔵・利用の最前線~

水素利用技術集成 ~製造・貯蔵・エネルギー利用~
水素利用技術集成 Vol.2 ~効率的大量生産・CO2フリー・安全管理~
水素利用技術集成 Vol.3 ~加速する実用化技術開発~
水素利用技術集成 Vol.4 ~高効率貯蔵技術、水素社会構築を目指して~
水素利用技術集成 Vol.5 ~水素ステーション・設備の安全性~
水素利用技術集成 Vol.6 ~炭素循環社会に向けた製造・貯蔵・利用の最前線~