見出し画像

「なぜここにいるんだろう。」


#高校野球を語ろう

 暑い…。
 額から、首筋から滝のような汗が流れる7月のとある暑い日。
開放された軽自動車の後部に26インチのいわゆるママチャリを積み込みながら「ここまで来てやめるわけにもいかん。」そう思った。

 潮風をふんだんに受けて錆びも露わな自転車は前輪タイヤが完全にパンク。

 空気入れで回復するも走っては潰れてを繰り返していたがこの日とうとう空気すら入らなくなった。どうしても見つけることができない裂け目があるようで全く膨らまなくなった。
 高校への毎日の登下校時には欠かせないため毎日酷使、稼働している大事な自転車。
 直せるものなら直してみようと考えてみたが、どうにもならないことを自覚し、駅反対側の車で15分ほどの自転車屋さんまで運ぶことにした。

 「自転車ダメだ、今日は電車で行くわ。あと今日は出られるかもしれない。」
 朝5時30分。息子から一方的にそれだけ告げて切られた電話。

 同じ県内とはいえ片道2時間ちょっと掛かる息子がお世話になっている下宿所へこの時期ほぼ毎週末は夫婦で往復していたのだが、時には1人で向かわねばならない日もあり。
 この日は寮母さんへ様子伺いと練習試合があるということでソロ参戦が如く4時には起きて出掛ける支度をしていたのですぐにも車に乗り向かった。

 自分で使う自転車なんだから学校帰りにでも自転車屋に預けるなり、スマホで修理方法など探そうにもなんとでもなるんでないの?もしもの話も含めてそんなやり取りは高校入学前にはしてはいたのだが、実際に生活を始めるとそうはいかなかった。

 何もない日でも5時には起床、朝の自主練習と帰りは18時まで部活の全体練習。それが終わればまた自主練習。
 自転車屋さんが営業してる時間にはまだ学校敷地内にいる毎日。
 自宅への帰省はお盆と年末年始含めて3.4日程度で
帰ってきても中学時代のクラブチームのグランドを借りて練習に行く。
 自転車の予備でも置いとくべきだったか…。

 「監督さんに相談して早めに帰らせてもらうとかできなかったんですかねぇ?」
 下宿所に着き寮母さんへ挨拶、息子からリクエストのあった荷物や日用品を部屋に置きまた外へ出て自転車の様子を見ていた私の背中に「そんな時間がないのよ、彼は…」と下宿所の寮母さん。

 遠方の息子を親に代わって見守り、衣食住の提供とお世話をしてくれる人がそう言うので「毎日が部活」というのは本当の話なのだろう。
 
 毎日が忙しく営業中の自転車さんへ行く時間もない。
人より少しでも長く、少しでも多くの練習をしなければ。
試合に出たいから、野球をやりたいから。
「甲子園でホームラン」と小学校の卒業文集に書いた夢を叶えるために?

 『そんな時間がないのよ、彼は…』
 寮母さんはそう言ってくれたけど…
息子にとってはもはや毎日使う自転車のメンテナンスをする余裕もない、というよりそうでもせねばならないほどの「何か」になっているのだろう。

高校球児にマメはつきもの。

 
 もはや「夢」とも言い難いような………。

 自宅から遠く離れた古豪と呼ばれる県立商業高校へ受験を決めた中学3年生当時。目を輝かせインターネットで調べて入学に関する資料を探し自ら担任へ相談、見学希望もクラブチームの監督へ相談しとりつけ意気揚々と受験までの日を過ごし、練習の日々は下宿所の入所前日まで続いていたが…いつの間にかあの頃とは「違う目」をするようになっていった高校3年生の夏。
 
 何か孕んだ表情をするように見えた、「未来への夢と希望でいっぱい」の中学生の頃とは明らかに違う息子に会える事が「楽しみ」とは言い難かったこの頃。

 自転車のパンク修理に練習時間を削ることができない、しない。
時間がないんじゃなくて、時間を作る気がないだけじゃないか?
真面目といえば聞こえはいいが融通が利かないだとか、不器用だとか…
親としてどう育てたらよかったのかとか…
地元から自宅から通える範囲の高校を選び、それでも野球を続け…という同級生や下級生もいるのに…なんでウチはこうなったんだか…
「実力だけじゃないよ、真面目過ぎる奴よりちょっと遊んでるぐらいの奴のほうが…」なんていう人まで出てきてもう何がなんだか…
よもや人生の先輩としてのアドバイスだとかそういうことでもなく、
じゃあどうしたらよかったのか?どの選択が正しかったのか?だとかそんなことでもなく。
ただただ事務的で殺伐とした空気が息子との間には流れていた。

 そんな思いの中。

 子供がやりたいといった高校野球。
ならば精一杯応援してやろうと思った。

 あの時は確かにそう…思ったけども…。

 朝いちばんの時間に駅前の自転車屋さんへ自転車を持ち込むと、タイヤ交換で2時間ほど預かればできますよ、というのでお願いすることに。昔よりはだいぶ広くなったけど軽自動者に積み込むのも難儀、下ろすのも難儀。
「試合始まりそうだよ!」
同じ野球部の母から電話が来る。
あちこち知らないうちにぶつけてなんだか脛が痛いけど、急がなくちゃ。
慌てずに急ぐ狭い通学路の坂をあがり学校敷地内のグランドへ向かう。

 車に乗って来たはずなのに少し息が切れているのは父母会観覧場所まで走って来たから。
 「おはようございます、今日もよろしくお願いします!」
 揃いの父母会帽子を取って父兄たちに挨拶をするとみんな元気よく返してくれる。日頃地元の父兄にはお世話になってるのもあり、行けるときは極力協力参加、差し入れ品の整理や買い出しものなど直ぐに動けるようタオル、チームTシャツは家を出る前から着てきている。
 事前に自転車屋さんへ行くことは伝えてあったせいか席取りまでしてくれて、始まる前は心和む気分だった。


 なのに。
 この日も息子は試合に出ずブルペンを仕切り投手の調子を確認、監督へ報告のちまたブルペンへ走る。
 攻守交替で戻った先発投手の背中を摩りながら歯を見せて笑う。
 投手コーチと呼ばれる指導者とも笑顔で様子を見に来た部長さんとも笑顔…。

ここ数年…親には見せてもない笑顔がここに来ると見られる…。

 控えの投手全員の投球練習を網羅して、でも試合には出ない。
出られるかも、って言ってたのに…またか。

 なのになぜそんな笑顔でいられるのか。
 
 ひとつ目の練習試合、息子のブルペン仕切りを横目で見守りつつ、試合の一挙手一投足に手を叩き応援。生憎のプレーには励ましとフォロー、活躍した選手を労うかのような雰囲気は父兄の間でも沸く。
 試合に出る出ないは父兄には関係なく、来られた人が来られなかった人の分までできることをできる限り協力する。あくまでも明るく前向きに。横目に入る、視界の端に見える息子の笑顔に釣られて粛々と父母会員としての仕事を全うする。
 
 結局最後の回まで息子はブルペンに居た。
 そこから次の試合の先発と思われる投手がアップをし始め、息子も一緒に連なっている。
そんなところに自転車屋さんから「出来ました」と電話が入ったので
次こそ!、の試合に間に合うよう自転車屋さんへ向かい自転車を引き取り清算をしてまた来た道を戻る。

 急いで来たものの…ふたつ目の試合もブルペンに息子の姿。

 一緒にアップしてたのになぜ…

 しかし息子は変わらずの笑顔。(またか…)

 「なぜここにいるのだろう。」

 息を切らし戻ってきたのに、またひとつ目と同じ繰り返し。

 この日の練習試合は二つで終り。
 レギュラー選手はクールダウンをしグランドから上がって来て帰る準備をし始めている子もいる。

 息子は、と見るとブルペンの整備とホームの整備をし試合で使われていたレガースの掃除をしていた。その様子を見守っているのは私くらいなもので、ほかの父兄は先ほどの試合についていろいろと振り返り談笑している。日も落ちかけて薄暗くなっていく頃には今日試合を出なかった選手らと下級生達が練習を始める。
 息子、またブルペンに戻り投手相手になにやらいろいろ…。打撃練習はどうした?打てなきゃ使ってもらえないって言ってたじゃん。終ってバッセン(バッティングセンター)行くとかじゃなくて、ここでやればいいのに…なぜなのか。

 日中、あんなに賑わっていた父兄観覧席も私と地元父兄が数人残っているだけだった。

 遠方の私が帰らないと地元の父兄も帰りづらいのだろう。
(なんてのは空気でわかるけどもあさ4時起きでここまで来てんのに息子の野球見てないよ、いや…ブルペンも野球だけども…‼)

と心の声はさておき、粘れるだけ粘って結局諦めなきゃいけなそうな時間。
「今日もありがとうございました、またよろしくお願いしますね!」
帰りの挨拶も明るく元気に…。

 

別のある日の助手席の帰り道。


 帰り道も高速道路を使って2時間ちょっと掛かる。
毎週こんなことの繰り返しだから節約のつもりで下道で3時間ちょっとかけて帰ることもある。家に着くころには日が変わってる日もある。

 息子と話すタイミングもないのはいつものことで、練習中にむやみに声掛けしてはいけないという「父母会あるあるルール」があった為、大概は電話やメールで残す。

『お疲れ様。自転車は駐輪場に置いたから気を付けて帰るようにね。』

 メールの文章はとかく言葉を選んだりと悩むことも多いけれど、「がんばれ」だとかいろんな言葉があっても…これ以上も書きようがないというか、書くべき言葉が見つからないので定型文のように毎度、毎週末同じようなやり取りだった。

 
 

 自分が選んだ道を『後悔』にしないように。



「なぜここにいるのだろう。」
「ここまで来てやめるわけにもいかん。」

これが私の経験した高校野球について、#高校野球を語ろう、でした。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?