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【序】美術教育について書く

2018年に岡澤浩太郎さんが編集する『mahora』という、手仕事のような個人誌に文章の寄稿を依頼されました。どんな内容の文章を書いたかというと、編集者の林央子さんとの往復書簡を通して、2016年からの2年間の海外研修が終わり、パリから日本に帰国する前後に体験したことや、考えたことを綴らせてもらいました。林さんとのやりとりを通じて幾つかの話題を書きましたが、とりわけ日本に帰国してからやりたいことの一つとして挙げた「美術教育」に対して、実際に読まれた方からの熱烈な反応が返ってきたのを今でも憶えています。しかし、一部の方達には深く届いたとはいえ、350部という発行部数だったこともあり、当時の自分の考えが広範囲に波及できたとは言えませんでした。

そこで、文章を綴ってから2年が経過しましたが、当時の自分が美術教育について書いた文章を抜粋して引用します。

これは構想段階の計画ですが、佐倉市内で更に若い小・中学生を対象にしたアートスクールのようなこともできないかなと考えています。
しかも「つくる」ことを対象にするのではなく、「観る」、「調べる」、「考える」を主体にしたクラブ活動です。つくることが主体となっている現行の学校教育によって、美術と自分の世界を切り離して考える子どもが増えてしまっているのではないかということに昔から懸念を感じています。
何故なら、そうした子ども達はやがて「自分は美術が分からない/関係がない」と自認してしまう大人になってしまうからです。
アーティストが日本ではどうしてもマイノリティーの職業となり、生業として成立しづらいという社会的な背景は、こうした人々の無意識の線引きに起因しているのも間違いないでしょう(もちろん他にも要因はありますが)。現状の義務教育に責任を押しつけて諦めるのではなく、草の根運動でもいいからこの現状に抗いたい。美術大学がものをつくる専門家を育成する場なら、ここで僕が構想する子ども向けのクラスは美術の裾野を広げるための活動でありたいと思っています。
より正確に言えば、裾野を僕が広げるのではなく、本来美術に備わっていたはずの裾野の広さに気づいてもらうための活動です。美術は生活から乖離されたものではなく、「衣食住」から出発し、この社会を構築しているものの見方に影響を与えられる力を持っていると信じています。だからこそ社会が変われば表現も自然と変わっていかざるを得ないのです。
それはここ数年、生活や歴史の中にアートの題材をリサーチしてきた僕個人の視点に過ぎないかもしれません。しかし「食」や「労働」といった生きる根幹の中に美術を接続させる行為は作品制作だけに留まらず、教育へと敷衍することも可能なのではないかという新たな挑戦心が突然芽生えはじめてきました。
ここで指す美術というものはジャンルではなく、アートの語源である「技術」としての美術に近いと考えています。歴史を起点に社会学や人類学の領域をまたぐような新しい世界の見方を、美術を通して発見でき得る学びの場になるのではないかと期待しています。
少々唐突で実験的なことだとは思いますが、都会過ぎず、田舎過ぎない佐倉の街の立地と規模は、こうしたことを試みるにはちょうどいい気もしています。

〔出典:岡澤浩太郎編『mahora 創刊号』八燿堂、2018年〕

2年ぶりに日本に帰国し、千葉県佐倉市に新しい拠点を移したばかりに書いた文章です(何故、佐倉だったかというと、当時制作中だった作品の取材先が成田だったからです)。しかし、実際に帰国してからは、本格化した作品制作と相次ぐ発表、そして昨年の香取市への引っ越しと大改修(今もまだ終わっていない)が重なり、目まぐるしいほどの時間を過ごしていて、構想していたような実験的な美術教育に取り組む余裕は全くありませんでした。

そんな中、やってきたコロナウイルス感染拡大による社会の大変動。お陰で、たっぷりと思考する時間を与えてもらい、ようやく自分がやってみたかった美術教育について取り組める千載一遇のチャンスが巡ってきたのです。

そして先日、ついに初めての講座を6人の子供達を相手にオンラインで実施することができました。『mahora』で書いたことが2年越しで実現できたのです。コロナ禍による副産物のような形で実現できたのは皮肉ですが、2018年には想像すら出来なかった現在の社会状況において、オンラインによる美術教育の需要や価値は、自分が予測していた以上に高まるのは間違いありません。まるでこのタイミングで始めるべき運命だったかのようです。

という訳で長い前置きとなりましたが、noteでは自分が行っていく美術教育について書く場所にしていきたいと思っています。具体的な実践内容はもちろん、どんな想いが背景にあるのか(それが何よりも重要で、これから言葉にする必要があるのだと思います)、現在進行形で綴っていきますので、気になるという方はフォローをお願いします。共に学んでいきましょう。

作品制作のための取材をはじめ、アーティストとしての活動費に使わせていただきます。