【連載小説】人工幼なじみ Ver.1.0
文=江畑終太郎(N高6期生・ネットコース)
『僕』は小学生。
『君』は人工幼なじみ。
小学3年生になっても友達がひとりもできなかった僕に、お父さんが買ってきてくれた初めての友達。それが君。人工幼なじみの君。
背中についた電源ボタンを押すと、ブーンと音がして、カシャリとまぶたが開いた。驚く僕の顔を、君は両目のカメラで覗き込むと、
「コンニチワ ヨロシクネ」
ノイズ混じりの合成音声で、ぎこちなくそう言った。
それからは君と一緒に学校に通った。僕よりも少し背の高い君は、いろいろなことを知っていた。
アスファルトを突き破って生えている植物の名前。追いかけても追いかけても届かない水の名前。時計の針がしばらく止まって見える理由。
どれも僕には難しくってよくわからなかった。だけどなんだか楽しくて、君と歩く5分間の通学路は僕の大切な時間になった。
「きのこってさ、木の子供って意味でしょ? 大きくなったら木になるのかな?」
「イイエ キノコワ キノコノ ママデスヨ」
「えー庭に植えて確かめてみようよ! 絶対木になるからさ!」
僕たちはそんな会話をして、家の庭に198円の小さなシイタケを植えた。きのこが木になるなんてありえないけど、その時はなぜだかそんな気がした。
僕の小学校は郊外にあったので、アンドロイドの生徒は君しかいない。だからなのか、君はすぐに人気者になった。休み時間になると、君を中心とした生物群集が形成される。
僕はそれを嬉しいと感じた。それと同時に、なんとも言えない気持ちになる。その生物群集は地上にあって、深海に住む僕にはとても届かないからだ。
そんなある日、クラスで育てていたうさぎが病気で死んだ。初めて命が消えるのを見た。
クラスの女の子たちはみんな泣いていた。いつも意地っ張りなガキ大将も泣いていた。僕はその場では泣かなかったけど、家に帰って、ご飯を食べたら泣けてきた。すると君が聞く、
「イノチワ ナクナルモノ デショ? ドウシテ ナクノ?」
あまりにも簡単な言葉に、僕は少し怖くなった。なにも言い返せなかった。
その夜、僕は君に油を差してあげることにした。金属製の君の身体は錆びやすく、たまにこうして手入れをしてあげる必要があるのだ。
シューシューと鳴るスプレー缶の音に紛れ込ませて、僕はつぶやく。
「命はなくなるけど、僕は君がいなくなったらさびしいよ」
君はモーターの回転を早めて、なにか考え込んでいるようだった。そして少し時間が経って、君がつぶやく。
「ワタシモ アナタガ イナクナルト サビシイ」
「命ってなくなると、さびしいもののことだよ」
僕はそう言うと、あとは何もしゃべらなかった。照れくさくって、嬉しくって、どうしていいかわからなかったからだと思う。
月明かりが照らす僕の部屋に、君の排熱ファンの風だけが優しく流れた。それがとっても心地よくて、この時間が永遠に続いてほしいと、僕は月に小さく願った。
Now Loading……
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?