【連載小説】人工幼なじみ Ver.2.0
文=江畑終太郎(N高6期生・ネットコース)
『僕』は中学生。
『君』は人工幼なじみ。
↓前回のおはなし
【連載小説】人工幼なじみ Ver.1.0
君のベアリングの回りが少し悪くなった頃、僕は中学生になっていた。背は君よりもずっと高くなったけれど、君はあのときのままだ。それと同じで、庭に植えたあのシイタケもなにも変わらない。
もう、君と通学路を歩くことも少なくなっていた。
彼岸花はアスファルトを突き破り、遠くの蜃気楼はゆらめいて逃げていく。公園にぽつねんと置かれた時計は止まっているように見えた。クロノスタシスという、錯覚。
学校の連絡通路で君とすれちがう。その時、君の排熱ファンの生暖かい風を妙に気持ち悪く感じたことを覚えている。
昔は心地よかった風を気持ち悪いと感じた。僕はどうしてしまったのだろう。
その日、家に帰った君の姿はなにか歪だった。両方のマニピュレーターにはいくつか傷がついているし、ボールジョイントの形も曲がって見える。視覚センサの反応も鈍い。
理由は、知っている。
中学校にはアンドロイドの生徒がたくさんいて、そのほとんどの機種が発売されたばかりの最新型だ。もっとも、機能が少なくてAIの精度も低いような旧型は君だけ。
それが原因で君は、いじめられているんだ。
教室の隅。光も届かない深海に息を潜めているような僕には、なにもできやしない。君をここに連れて行きたくても、防水機能がない君はきっとすぐに壊れてしまうから。
「どうせ機械だから、心がないから、つらくないでしょ?」
そんなことを思ってしまう、僕の方こそ心がない機械なのかもしれない。
出口のない考えを駆け巡らせながら、君を後ろに乗せて自転車を漕ぐ。壊れかけのボディを近所の電気屋で修理してもらうためだ。君が売られていたのもその電気屋らしい。
ギアを6速に上げた自転車をただ、漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。
夜の空気が頬を撫でるたびに、冷たい痛みとやるせなさが溶けて混ざる。背中にもたれかかる重圧は、君のボディの重さからなのか、君への罪悪感からなのか、よくわからなかった。
うっすらと映る星空の下、静寂をゆっくりと切り裂くように僕たちは喋りはじめた。
「ソラ ニ M78セイウン ガ ミエマス 」
「M78星雲って? 僕の目では見えないよ」
「M78セイウン ニハ ミンナヲマモル ヒーロー ガ イルンデス」
思えば君に質問をしたのは小学生ぶりかもしれない。そして僕は喉の奥につかえていた、もうひとつの質問をした。
「そのヒーローは君も守ってくれるのかい?」
「......ワカリマセン」
「......じゃあ、そのヒーローの代わりに僕が守ってあげ......るよ」
格好つけたことを言ったし、本当に君を守れる保証なんてない。だけど、どうか、電気屋に着くまでの3分間だけは、君のヒーローに変身させて欲しかったんだ。
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