見出し画像

東京タワーの見える街で 第二話

2月14日 La saint Valentin

Je t'aime パリより愛をこめて。―リナ―

第一話はこちらから 
https://note.com/npz/n/ne8ad38545928

その頃、私はまだ都立高校の美術科の新米教師だった。
夢ではあったけど好きな絵を描き芸術家として生きていく勇気も自信もなかった。

日本時間で2月14日になったばかり、リナからの電話が入る。
「Je t'aime!こっちはまだ13日だよ!
雪が舞っていてエッフェル塔が幻想的でステキよ!見においでよー!」
リナの明るい声で思わず顔中の筋肉が緩む。
13日のうちにパリから届いたリナからのバレンタインチョコレートを手にとりながら
「リナ、チョコレート届いたよ。ありがとう。初めてだよな、この日に会えないのは... 」
しまった... 二人の間に一度だけ起こった事件を思い出し沈黙が少しの間続いた。
「あの時のこと... 忘れたの?」
リナの沈んだ少し怒りも入った声。
大学生になって二回目のバレンタインデーに、私はリナにいきなり別れを切り出された。
数日後には違う男性と仲睦まじく手を繋ぎ、すれ違いざまに一瞥された過去。
同じサークルで一番気にくわない野郎がリナの新しい恋人になった。

高校時代から付き合っていたリナと共に同じ大学に入学。
受験生の時に通っていた予備校で二人は出逢った。
順調だった二人の仲に割って入ってこようとした同じ学内にいたエイコが原因で一度、別れてしまう。
当時は不快に感じたリナが一方的に別れを切り出したと勘違いしていた。
リナの悔しさや悲しみを理解出来なかった愚かな私のせいで復縁してからも彼女を苦しませていたなんて夢にも思わなかった。
リナは卒業後、憧れのパリで画学生となる。
私たち二人の母校に勤めていたフランス人講師が家族が待つ祖国フランス(パリ)にて各国からの留学生を語学も含めトータルサポートする予備校や補修校の役割を担うといったスクールを開校することになる。
その際、リナに弟子入りを提案してきたのだ。
リナの才能と彼女のパリで活躍したいといった情熱を受け入れたいとの申し出だった。
その頃からの彼女の口ぐせは
"わたしがそばにいないと淋しいでしょ?だからキミもこちらへ来ることになるのよ!"
強がっているのはリナの方だった。
私の考えが甘かったのもある。
さびしさに耐えきれず、早々と一年くらいで戻ってくるのではないかと考えていたし彼女の夢が少しでもかなうならば
と、涙ながらに見送った昨年の春。
「ごめん、リナ... あの時はいきなりふられちゃったんだよな... 何度も言ってるけど、岩崎(エイコ)のことはなんとも思ってないし二人きりで会ったこともない。きっぱりと断った。勘違いさせたのは悪かったけど... 。」
そんな私の言葉に、辛そうな声で
「わかってない... やっぱり今でも気付いてなかったのね... 。彼女さ、宗にずっと付きまとってたよね?自分の作品を誰かにけなされたって泣きついてきたでしょ?私も同じ頃、やっと課題終えて宗にも褒めてほしかった、それなのに、彼女の絵をみて"ステキだと思うよ。他のも見せてよ"って言ってたよね。
私はあの人のこと大の苦手だってあなたは知っていたはず。私を置いてきぼりにして彼女についていった。一緒になぐさめてあげるのかと思った、とまで言ったよね。あの時に描いたわたしの作品には目もくれず... 今でも許せないわ... 未だに辛くなるのよ... 。」
衝動的に別れを口にしたのではなく
ずっと我慢をしていたリナの限界が、あの日にやってきたのだった。
今になってやっと理由を知る。
「今まで理由を言わなかったのは、わたしのプライドが邪魔していたの。いつ気付くのだろうって... ずっと待っていたのよ。」
リナが泣き出してしまった。
「ねえ... 会いたいよ... 宗... そばにいて!会いに来て... そのままずっとそばにいて... 」
私もリナも覚悟がたりてなかった。
気持ちさえ繋がっていれば、互いに信頼しあっていれば大丈夫、どうにかなる。
二人で築く未来は、わざわざ言葉にしなくても、いつか必ずやってくると
堅く信じて疑いの余地はなかった。
気まずいまま終えた会話。
数日後、こちらからリナに連絡をした。
いつもとは様子が違う彼女を案じながら
「こないだは本当にごめん。気付かないまま甘えてきたこと反省してるよ。馬鹿だったよ... 。だけど今は教師を辞めてまで日本を離れるわけにはいかない。リナしかいないよ、これから先もずっと一緒に生きていく女性はリナしかいないよ... だからもう少し待ってほしい。
リナ... もしかしてアルコール入ってる?まったく飲めないのに大丈夫?」
突然、ケラケラと笑いだしたリナは
「うーん... アルコール入ったら少しは楽になれるのかなって試しに飲んでみたの。意外と大丈夫なのよ。」
なんとなく陽気なリナに戻ったのかのように感じた。
それでも受け付けないはずのアルコール摂取は心配でたまらなかった。
私と一緒にいる時以外はアルコール禁止を約束させて、その日の会話は終了した。

2月が終わりに近付いてきたある日、東京にも雪が降った。
年が明けて1月にいつもより多めの降雪があって以来だ。
その日、リナの父親から連絡があった。

「リナが... セーヌ川ぞいのベンチで倒れていたそうです。発見された時には.もう.. 」
そう伝えてきた後に電話口の向こうで泣き崩れている父親から意外と冷静な母親にかわった。
「私たちと一緒に、リナを迎えにいってくれませんか?無理を承知でお願いします... おねがい... 」
母親も最後の方は涙で声が震えていた。
私は... きっと何かの間違いだと自分自身に言い聞かせながら、やっとの思いで
「はい... 」
そう答えた。
リナの命を奪った原因は意外なものだった。
寒空の下でスケッチブックを抱えながら
傍らには飲めないはずのワインボトルが転がっていたそうだ。
寂しさを埋めるためにアルコールに走ってしまったリナ。
私のせいだ... 。
その行為を止めることが出来たのは
この世でただひとり、この私だけだったはず。
寂しくて哀しい夜は月が青く光る。
そんな夜にリナは星になった。

『愛してるよリナ』
『愛してるよ宗』



本日もご来店ありがとうございました。
リナとの永久の別れの回想は
まだもう少しだけ続きがございます。
次回も是非、お付き合いくださいませ。
















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?