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学校と放課後の切れ目のないつながりを。公教育日本一を目指す北海道安平町を訪ねて。

北海道にある安平(あびら)町という町をご存知でしょうか?

2018年9月、北海道を襲った胆振東部地震で、最大震度6強を記録した被災地のひとつです。

現在この町では、地域コミュニティや学校と共に「公教育日本一」を目指す取り組みが進み、学校教育と社会教育を結ぶプログラム「あびら教育プラン」を独自に推進。今年春には、文科省が示す新たな学習指導要領に最適化された義務教育学校「安平町立早来学園」も完成しました。

これからの「学び」や「地域連携」のヒントを探しに、放課後NPOアフタースクールのスタッフが初夏の北海道を訪ねました。

社会教育に先駆的な土壌。民間企業との連携で、教育を軸にしたまちづくりを模索

安平町は北海道の玄関口、新千歳空港から車で20分ほどの場所にあります。基幹産業は農業で米や麦、メロンの生産が盛ん。競走馬の産地としても知られ、あの「ディープインパクト」のふるさとでもあります。北海道でも比較的温暖なエリアにあり、冬でも雪は少なく、生活しやすい環境が魅力です。

そんな安平町も過疎化や人口減少という課題を抱えていることは例に漏れず、その打開策として掲げていたのが、子育てや教育を軸にしたまちづくりでした。

「背景には社会教育の側から学校教育を後押ししてきた町の歴史があります」と説明してくれたのは、安平町教育委員会次長の永桶憲義さんです。

地域の声からはじまった“お米学習”

「安平町では以前から、学社融合というか、ふるさと教育的な取り組みを先駆的に行なっていました。例えば、地元企業で働く人を招いて子どもたちに職業講話をしてもらったり、植物に詳しい人に地域の自然について解説してもらったり。

また、地域の中にも『基幹産業である農業のことを、子どもたちにしっかり伝えるべき』と声を上げる人がいたりして、地元の農家の方が米ができるまでを伝える“お米学習”にも長く取り組んできました。2018年にユニセフの「日本型子どもにやさしいまちモデル検証作業」実施自治体に選出されたのも、そうしたことが理由ではと考えています」

とはいえ、子育てや教育を軸にしたまちづくりという点では、安平町にもノウハウはなく、外部との連携を模索することに。その一歩として公立保育園の民間委託を決め、近郊の恵庭市で保育園を運営し、ICTの積極活用など、ユニークな取り組みで注目を集めていたリズム学園に打診。学園代表の井内聖さんが安平町(旧追分町)出身だった縁もあり、公私連携・幼保連携型認定こども園「はやきた子ども園」が誕生しました。

安平町が次に取り組もうとしたのが、子どもたちの放課後の充実です。この時、井内さんの発案で名前が挙がったのが、「地方共創」を掲げ全国で教育事業も展開している「株式会社FoundingBase(以下、ファウンディングベース)」。町と連携して放課後活動に取り組むことも決まり、さあこれからという矢先、マグニチュード6.7の大地震が安平町を襲いました。

「ファウンディングベースの初仕事が、災害復旧ボランティアになってしまった」と井内さんは振り返ります。

被災によってもたらされた「視点」の変化

地震による安平町の被害は、建物の全壊が330棟、半壊及び一部損は5500棟に上りました(非住家を含む)。早来地区にあった早来中学校は校舎の床にひびが入り、敷地にも地割れが生じるなど授業の再開は不可能に。被害のなかった学校も、体育館は住民の避難所となり、一夜にして子どもたちを取り巻く環境は様変わりしました。

しかし、井内さんは「町は存続の危機に瀕しましたが、これにより次への道筋も見えた」と言います。

「地震が起こる前から町はさまざまな課題を抱えていたんです。公立だった頃の保育園は入園者が減り続け、子どもたちが放課後に楽しく過ごせる場所もなかった。スポーツ少年団にも人が集まらない。もちろんそれぞれの担当者は頑張っているのだけど、相互連携はなく、各自が個別にやっている感じ。

でも地震によって教育・子育て環境が壊滅的な状況になり、みんなひとつにならなければという意識が芽生えました。一段高い視点から自分たちの役割を考えるようになり、バラバラだったパズルのピースが合わさるように、未来に向けた「大きな絵」が浮かび上がっていったんです」

それが町独自の教育手法「あびら教育プラン」へとつながっていきます。

学校教育と社会教育を地続きに。あびら教育プランから地域住民も子どもも交えた学校建設の議論へ

あびら教育プランは安平町が取り組む教育事業で、震災の翌年に始動しました。子どもから大人まで、すべての世代に「学び」を提供し、それぞれの興味関心に基づいた「挑戦」につなげます。

人生を豊かに生きるために挑戦する人を応援し、挑戦が次々に生まれる文化を作る。学校教育と社会教育を地続きにするイメージです。

同プランは、遊びを通して非認知能力を高める「遊育」、テーマに沿った探求型授業を行なう「あびらぼ」、子ども自身がプロジェクトを実践する「ワクワク研究所」、挑戦への賛同者を募る「ABIRA Talks」という4事業からなり、ファウンディングベースがその運営を担っています。

子どもの好奇心をくすぐる体験を届けたい

「『あびらぼ』では、教科学習は行わず、さまざまなヒト、コト、モノとの出会いを通して、好奇心を広げるような授業を提供しています」。そう紹介してくれたのは、ファウンディングベースの志田芳美さん。出身は東京。2021年に安平町に移住しました。

「取り組むテーマは「宇宙編」だったり、「建築編」だったり、さまざまです。先日は、「言葉」をテーマに授業を行い、お笑い芸人や漫才で活用される「言葉のズレ」を紹介しました。桃太郎の昔話に敢えて『ズレ』を作ってみんなで盛り上がりました」

あびらぼでの授業コンテンツは、ファウンディングベース内の専門チームが開発を手がけています。志田さんらはそれを地域の状況に合わせて活用し、参加者を募ったり、独自のイベントなどを企画したりしています。

「一度参加するとファンになってくれる子どもは多いのですが、最初の一歩をどう後押しするかが課題。中学生は部活動などで忙しいのですが、どうにか参加を増やし、いろんな体験を届けたいと思っています」

子どもも、大人も、一生学ぶ

早来学園の建設(早来中学校の再建)に向けた議論は、復旧活動の直後から進められてきました。老朽化した早来小学校の建て替えと合わせて小中一貫の義務教育学校を設置することが決まり、町民の声を聞く場として「新しい学校を考える会」も発足しました。

子どもや保護者、地域住民も参加した話し合いの末、新しい学校のコンセプトは『自分が“世界”と出会う場所』に決定。さらに『みんなの学校』という視点もコンセプトに加わり、子どもも大人も、一生を通して学び、育つ学校にしていくことが検討されていきました。

具体的な建設計画の策定には、教育委員会や新しい学校を考える会のほか、教育環境研究所やチームラボ、アトリエブンクなど教育環境のプロフェッショナルが参画。2021年7月に工事が始まり、翌年10月に完成。今年4月に義務教育学校早来学園として開校しました。

ハードとソフト。それぞれの良さを取り入れ、学校と放課後、地域をシームレスに

『みんなの学校』とあるように、早来学園は地域に開かれた学校であることが大きな特徴です。学校の図書室は地域の図書館を兼ね、町民は自由に来館可能。真新しいアリーナやキッチンスタジオ(調理室)も、予約をすれば誰でも利用することができます。

予約の管理や利用者へのサポートは、教職員とは別に置かれた「コンシェルジュ」というスタッフが担当し、志田さんも町の委託でコンシェルジュとして働く一人です。

校舎を歩くと、どの教室も同じ形でないことに気が付きます。1年生から9年生(中学3年生)まで、心身の成長に合わせた作りになっていて、1年生の教室は通常の2倍の広さ。小上がりやアトリエスペースも設けられ、学びと身体性がセットで考えられています。

教職員以外の大人が多くいるのも早来学園ならではです。コンシェルジュである志田さんたちのほか、学童保育の職員も支援員として学校に入り、授業のサポートを行なっています。

なお、早来地区の学童保育は先述の早来こども園で行なわれています。日中、早来学園で学んだ子どもたちは、放課後をこども園で過ごし、学童の放課後活動で、再び早来学園に来ることも多いそう。学校と放課後がシームレスにつながっています。

さまざまな経験を持つスタッフたち

乳児期から早来学園入学後まで、長く子どもたちと関わり続けるはやきた子ども園のスタッフは、その経歴も多彩でユニークです。前職が料理人だったという人やアウトドアガイドだったという人、日本語がそれほど得意ではない外国人スタッフが在籍していたこともあるそう。

「動いている所に人は集まるのだと思います。資格も経歴も問わず採用していたら、いろんな所から人が集まってきて」と井内さんは笑います。

園で出会ったスタッフの一人、石田迪明さんの前職は元テレビマン。NHKの子ども向け番組の制作にも携わっていましたが、一念発起で転職。今年の春からはやきた子ども園で働いています。

「元々子どもが好きで、大学在学中には幼稚園教諭の資格も得ました。いつか、子どもをテーマにした映画を作りたいという夢があり、そのためにも一度、子どもと直に触れ合ってみようと転職を決めたんです。友人がたまたま隣町の厚真町にいたので、その縁を頼りに安平町にやってきました」

安全は最優先。でも「鍵」は不要

早来学園が開かれた学校であることは先に触れた通りですが、気になるのはセキュリティの確保。これについて井内さんは、ICTを最大限活用していると説明します。

「子どもの安全をどう守るかは最も重要な問題。ただ、扉の開け締めや鍵の管理は手間がかかり、地域の学校活用が進まない理由にもなっています。しかし、顔認証などのICTを活用すれば多くの人にとって利用しやすい仕組みづくりが可能です。

ここでは、在校生の顔はすべてシステムに登録してあり、一般エリアも学校エリアも自由に行き来できます。部外者は学校エリアには入れません。教職員やコンシェルジュなどの外部スタッフは、権限レベルに応じて入室可能なエリアを制限しています」

一人ひとりの「顔」が鍵の代わりになるので紛失などのトラブルもなく、早来学園には鍵そのものがないとのこと。当番の先生が早朝に鍵を開けに来ることもなく、鍵が閉まっているかの確認も不要です。

「これは経験してみるとわかりますが、鍵がないというのは本当にラクですよ。先生方の業務負担の軽減にもつながっています」

備品を変えたら、授業も変わった

文部科学省が示す「新しい時代の学び」に最適化された環境も、早来学園には整えられています。一人一台のタブレット端末、校内のどこにいてもつながるWi-Fi、対話的な学びがしやすい可動式の椅子や各教室に複数配置されているホワイトボードなどがその一例です。永桶さんが説明します。

「建物自体もそうですが、これからの学びに適した備品を揃えているのもこの学校の特徴。例えばホワイトボードはパーティションの役割も果たし、授業の流れに合わせて教室を仕切り、少人数でのグループディスカッションを可能にします。実際、クラスみんなの前での発言をためらう子が、少人数ならば積極的に自分の意見を言えたりする。環境が変わったことで、授業の形も変わりつつあります。

実は、今から数年前に町内の別の中学校を建て替えたのですが、その時は、前の学校の備品をそのまま持っていきました。結果、建物は新しくなったが授業の形は変わっていない。しかし、ここでの事例を踏まえ、備品だけでも入れ替えれば、時代にあった学びの環境を整えていけるのではと考えています。

教育環境研究所やチームラボとの議論の中で、このような備品が本当に必要なのかと意見がぶつかる場面がなかったわけではありません。しかし、新しい環境を活用しようと先生方も奮闘し、今までと違った授業を行なわれているのを見ると、時代が変わりつつあるのだと考えを改めました。学校建設のプロセスを通して、教育委員会も多くのことを学ばせてもらいました」

ランニングコストは減少。さらに思いがけないメリットも

学校運営にかかる経費についても聞きました。

まず、当初、早来小学校と早来中学校の統合する計画だったものが、隣接する安平地区、遠浅地区の小学校も統合されることになったため、その2校の運営にかかっていた経費を早来学園にまわすことができたそう。ただ、通学距離が長くなるためスクールバスの運行が必要になり、統合による経費削減効果は限定的だと言います。

別の視点では、北海道の学校は冬の暖房費が大きな負担となりますが、新しい学校は断熱性能が高いため、光熱費などのランニングコストはかなり低く抑えられているとのこと。

また永桶さんは「数字だけでは判断できない部分がある」と付け加えます。

「学校建設が具体的になってから、安平町に移住したいという問い合わせが急増しました。既に早来こども園は定員いっぱいまで園児がいて、待機児童が出てしまっています。当初は教育委員会にまで、アパートはあるか、土地はあるかという問い合わせが来ていたほどで、町のこれからを考えると、メリットは計り知れません」

いつの間にか出会っちゃう、関わっちゃう、つながっちゃう。そんな仕掛けづくりに注力

地域連携や地域とのつながり—。その肝となるのは「見える。出会う。分けない」と井内さん。

「早来学園では、町民が利用できるエリアと学校エリアがガラス戸で仕切られ、子どもたちは常に地域の大人たちの存在を意識しながら学校生活を送ります。休み時間には学校に来ている大人たちと自然に出会い、交流が生まれる。

みんなが使うものは子ども用、大人用と分けずに全世代共用です。昔は行政も、住民を世代で区切り、子どもには子ども用の施策、大人には大人用の施策を考えました。人口が増えている時代はそのほうが効率的でしたが、過疎が進む地方都市では分けないほうがむしろ効率的な場合が多い。『一回、分けないで考えてみよう』という視点を持つことは大切だと思います。

地域を巻き込んで…とは言うものの、学校側が地域に出ていったり、地域の人を学校に招こうとしたり、巻き込もう巻き込もうと頑張るのはパワーが必要です。長く続けるのは難しい。だとすれば、こちらから積極的に働きかけるのではなく、いつの間にか出会っちゃう、関わっちゃう、つながっちゃう。社会の経済活動の中に子どもを含めていく。そんな仕掛けづくりに力を注ぐべきだと考えています」

小学生と中学生が並んで楽しそうに本を読み、そのすぐ横では大人たちが神妙な顔でビジネスの相談をする。早来学園でのそんな光景に、これからの「学び」や「地域連携」のヒントを見た気がしました。