コラム「境を越えた瞬間」2023年5月号-江口健司さん‐
プロフィール
江口 健司(えぐち けんじ)
北海道帯広市出身、札幌市在住
2010年(36歳の年)に転職し、介護の仕事に就く。
訪問介護事業所小春空 サービス提供責任者
子供たちの成長が嬉しくもあり寂しさも感じている4児の父
チームで利用者さんの生活を守るために
私は介護の仕事に就いて13年になりますが、以前は建築関係の仕事をしていたため、最初は何もわからずに重度訪問介護の仕事に就きました。
さらに、初めて担当した利用者さんの同行も、わずか3回というスパルタだったため、何が正解かわからずに毎日のケアを行っていました。
その頃の私は、利用者さんから言われたことは何でもすることが当たり前で、また、自分が行ったことに喜んでもらえたときは、単純に嬉しいと思っていました。
建築の仕事をしていたときは、本音と建て前を使い分ける場面が多く、私はその人間関係に気疲れしていました。
それに比べ、この仕事は素直に利用者さんのためになることを想像し、考えたことを実践した結果、喜んでもらえるのでやりがいを感じていました。
今もその考えは大きく変わっていません。
しかし、訪問介護の現場では、利用者さんと介助者の1対1の状況がほとんどではあっても、実際はチームで関わる仕事であり、【全体のバランスも考えなければいけない】ということをその頃の自分はわかっていませんでした。
利用者さんが望むことを上手に対応できる介助者がいれば、その介助者に何でもお願いすることになるのは(利用者さんの負担を考えると)普通のことです。
しかし、上手く対応できていない介助者に対して利用者さんが不満を抱き、関係性が悪くなった結果、介助者を交代しなければならないということに繋がっていました。
関係性が危うくなったときには、決して手を抜くという意味ではなく、双方が歩み寄れるよう話し合い、折衷案を出すのですが、利用者さんにとっては妥協しなければならないことがストレスになっていました。
結果的に上手くいかず、最終的には利用者さんの気持ちを最優先に考え、他の介助者の負担が増すことになっていたのです。
ほとんどの介助者は「利用者さんのために頑張りたい」という熱い思いを持っているので、この対応は全く間違ったことをしているとは思いません。
しかし、長期的に利用者さんと関わり続けるためには、「利用者さんの要望通りに“その都度スタッフを納得させる”という方法をとっていては、双方のためにならないのでは」と疑問に思うようになりました。
真摯に向き合って可能性を探っても、介助者全体のバランスを考えて、無理なときは正直に伝えてお願いし、結果、嫌われたとしても、「今の自分ができることはやったのだから」と考えるようになりました。
互いに譲れなく、利用者さんに睨まれたり、厳しい言葉を言われることもありますが、そんなときはなるべく穏やかな口調で(眼力強めで)、“なぜできないのか”を伝えるようにしています。
このように、嫌われても仕方ないと考えて(眼力強めで)向き合えるようになったときが、私にとっての境を越えた瞬間かもしれません。
この仕事を続ければ続けるほど、「正解が一つではない仕事だな」とつくづく実感しています。
今の私の考えは間違っていたと、この先考える時が来るかもしれませんが、そのときは、それが新たな境を越えた瞬間になるかもしれません。