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コラム「境を越えた瞬間」2023年3月号-山本直史さん‐

プロフィール

山本 直史(やまもと なおし)

  • 吉野内科・神経内科医院 リハビリテーション科 言語聴覚士

多摩リハビリテーション学院を卒業後、2007年狭山神経内科病院リハビリテーション科入職、2016年より吉野内科・神経内科医院に入職し現在にいたります。
神経難病患者様のコミュニケーション手段の獲得支援を中心に取り組んでいます。

自作の透明文字盤で患者の言葉を聞く山本さん


コミュニケーションの大切さ『あきらめない』を合言葉に境を越える


ある患者様との出会いで私の『あきらめない』精神が生まれました。

初めてお会いした時のコミュニケーション手段は、読唇(口パク)と五十音透明文字盤、「伝の心」を併用され、家族や病院スタッフとスムーズなコミュニケーションが可能でした。

発症から4年後、透明文字盤の使用時に「文字が二重に見える(隣の行の文字と重なって見える)」と訴えがありました。
その為、文字が重なっても識別できるよう、行の色を変えた赤黒透明文字盤および、隣の文字が重ならない段差透明文字盤を作製しました。
作製に当たり各行の色を赤と黒、緑と黒、青と黒など色の組み合わせを変え患者様に見易い組み合わせを選んでもらいました。

さらに1年後、眼球の左右運動が消失。眼球の残存機能(上下運動)でコミュニケーションが図れるよう上下の眼球運動のみで読み取れる透明文字盤を作製しました。
今まで使用していた五十音透明文字盤は、1視線1文字出力でありましたが、上下の眼球運動のみで読み取れる透明文字盤は2視線1文字出力となり、読み取りに時間はかかりますが今まで通りコミュニケーションを図ることができました。

その後、上下の眼球運動の低下が見られ始めましたが、Yes/Noの確認においては十分であったため、コミュニケーションボード(単語)を勧めますが、この患者様は当初より、「コミュニケーション」を最も大切にしており、「自分の気持ち」「頼みごと」などを「細かく正確に伝えたい」という気持ちを持ち続けており、「自分の言葉で伝えたい」と拒否がありました。
その為、さらに読み取りに時間を要しますが、上下の眼球運動のみで読み取れる透明文字盤と口述文字盤(50音読上げ)を併用しコミュニケーションを図ることとしました。

口述文字盤でのコミュニケーション開始時は、誰でもYes合図である眼球の上方向移動が確認でき、透明文字盤に比べ時間はかかるものの、患者様の「自分の言葉で伝えたい」と言う気持ちを受け止めコミュニケーションを図ることができました。
その後、徐々に眼球運動が低下しYes合図(眼球の上方向移動)が確認しづらくなり、読み取り時間(40分~60分)は同じであるが時間経過と共に読み取れる文字数が減少してき、一回の介入で一文字のみの読み取りとなる日もあり、一日で文章(単語)を完成させることができなくなっていきました。
また、この微細な眼球運動は日々変化していく為、常に患者様と「瞼の開け方」「目を開けている時間」「声かけのタイミング」「左右の目の使い分け」などの確認をしながら行っていました。

ある日、患者様から「毎日少しずつ話を聞いて」と発言がありました。

一日一文字のみの読み取りとなることもありますが、「まだまだあきらめない!」と言う強いメッセージを患者様から頂き、患者様と共に「あきらめない」を合い言葉にコミュニケーションを取り続けました。


ALSなど進行性の疾患では、身体の機能の変化および機能低下に伴い、コミュニケーション手段は常に変化していきます。

コミュニケーションとは患者様を中心として行うものであり、患者様が発信し易く、また伝わり易いものでなくてはなりません。一方的に「次はこれを」「これを使いましょう」など、コミュニケーション手段を指定するのではなく、患者様と一緒にコミュニケーション手段を作り上げていくことが必要と考えます。

この患者様の透明文字盤の作製においても、文字の大きさ、太さ、色、間隔、配置などを患者様にもアイデアを出して頂き、多くのサンプルを作製し、患者様と一緒に作り上げました。
また、Yes合図の運動を最大限発揮できるように、患者様と一緒にポジショニングやコミュニケーション時の細かいルールを決めながらコミュニケーションを取り続けました。


徐々に機能低下が進行し、随意的に動かせる部位が限られていく中、私たち支援者が「発信可能な部位(動かせる)をいかに見つけられるか」が、その後のコミュニケーションの継続に非常に重要な事です。

私たち支援者があきらめた時点でTLSとなります。

日々の観察』を大切にし、
あきらめない』を合い言葉に、
今後もたくさんの患者様とコミュニケーションを取り続けていきたいと思います。



境を越えてでは、毎月「境を越えた瞬間」というテーマで、福祉や医療、障がいに携わる方にコラムの寄稿を依頼しています。2022年4月号よりnoteでの掲載となりました。
それまではメールマガジン「境を越えて通信」での掲載となっていました。バックナンバーもぜひご覧ください!