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自らの暴力性に気づく

The Book of Life
6/25のテーマは
Realize You Are Violent

 J.クリシュナムルティの言葉を、
 一日一ページ 、365日分に編集された本
 「The Book of Life」を 一日分ずつやさしく翻訳し、
 気功的な補足や解説を添えています。

 和訳&補足解説 天野泰司


和訳

動物は、凶暴です。
人間も、動物ですから暴力的なのです。

暴力的なのは、人間の本性の一部です。
腹をたて、ねたみや羨みを持ち、
権力、地位、名声、その他諸々を得ようとし、
支配的で、攻撃的なところがあるのです。

人間が暴力的であるのは、幾千もの戦争を見れば明らかです。
そして、いわゆる「非暴力」というイデオロギーを作り出したのです。

もし実際の暴力、この国と隣国との戦争のようなものが勃発すれば、
誰もがその中に巻き込まれていくのです。
だからみんな、非暴力に恋い焦がれている。

実際には暴力的であって、非暴力の理想を持っていたとすると
葛藤が生じますね。いつもいつも非暴力的であろうとしている。
これはある種の葛藤です。

暴力的にならないように自制する。
何度も申し上げるように、これは葛藤であり、力と力のせめぎ合いです。
ですから、暴力的であって、非暴力の理想を持つのなら、
どうしても暴力的にならざるを得ない。

自分は暴力的だと気づくことが、まず第一です。
非暴力たらんとするのではないのです。

暴力をただそのままに見ます。
変えようとしないでください。
抑制しようとしないでください。
克服しようとしないでください。
押さえつけようとしないでください。
そうではなく、
今、初めて見たかのように暴力を見るのです。
それはすなわち、何の思考も交えずに見るということです。

「無心に木を見る」ということの意味については以前お話ししました。
観念なしに見るということです。
同様に、暴力についても、
「暴力」という言葉に含まれる観念を抜きにして見る必要があります。
いかなる思考の動きも交えずに暴力を見ることは、
あたかも生まれて初めて暴力を目にするかのようであり、
それが、無心に見るということなのです。

J.クリシュナムルティ  訳・天野泰司


懺悔の生活

NPO法人気功協会運営責任者 天野泰司

争いのない生活を求め、無所有、奉仕の一燈園生活を貫いた
西田天香さんの主著『懺悔の生活』は
大正10年に春秋社から出版され、
わずか1年半の間に151刷を重ねるベストセラーとなった。

とてもインパクトのあるタイトルだが、
ここで言っている「懺悔」は、一般的な意味とは異なり、
「素のままの自分を見つめた時に、自ずと生じてくる豊かな心持ち」
といっても良いのではないかと思う。

天香さんの言葉を引用すると、
「己を正しいと決めることは愚に近い」
「道は、極度の謙遜の前にのみ開けてくるのです。」
と、自らの愚かさにに気づくことからの再出発を語り、また、
「一度、罪を謝りたい願をおこしておわびの生涯・懺悔の生活に立たせてもらいますと、思いもかけなかった言葉でも、言いつくせないしんみりした、潤いのある、誰とでもとけ合えるような、そしてまた何ものかに感謝し、合掌せずにおられないような生活が新しく生まれでてきたのです。」
と、その新生活を振り返っている。

無心に一本の木を見ることも、
自らの暴力性をそのままに見ることも、何も変わりがない。

そしてどちらも、自我の縛りを越えた
純粋な懺悔、感謝、喜びが同時に生じているような、
ありのままの自然へと還っていくプロセスとなるのだろう。







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