カナダのデジタル人材輩出制度がすごい件!~民間プログラミング教育支援の意義と普及~
こんにちは!経済的困難を抱える子どもたちへ無料のプログラミング学習支援を行うNPO法人CLACK代表、平井です。
事業展開の参考として、海外のプログラミング学習支援の事例についてリサーチしていたところ、カナダのケースがとても興味深かったのでご紹介したいと思います。IT・デジタル人材不足が叫ばれている今日、海外ではどんな対応策が取られているのでしょうか?
カナダ政府による国をあげてのデジタル人材の育成
カナダの政府による人材育成の取り組みは、義務教育と民間教育支援の二つに分けられます。
1) 義務教育でのプログラミング/STEM教育
日本でも2020年に小中高におけるプログラミング・情報教育が必修化されましたが、カナダでも2016年から義務教育に取り入れられました。
具体的な取組は州ごとに異なるようですが、例えば、実践的なプログラミング演習や、動画制作、マルチメディアによる情報発信、ネットワーク構築などが、必修/選択科目の形で提供されています。
【注目】2) 民間のプログラミング教育支援事業に対する助成「CanCode」
CanCodeは、プログラミング/STEM教育の実施や教材提供、教師育成等を実施するチャリティー団体・非営利組織への助成政策です。2017年に始まり、4年間で1億1000万ドル(約121億円)を投資。450万人以上の子ども(幼稚園生~高校生)と22万人以上の教師にリーチしました。
その成果から、2021年には追加で3年間8000万ドル(約120億円)の投資が決定しました(CanCode3.0)。
この記事では、主にこのCanCodeについて書いていこうと思います。
CanCodeの果たす役割
CanCodeはカナダのデジタル人材の育成において、主に2つの役割を持ちます。
1) 社会的地位の低い層への重点的支援
CanCodeは、2017年に政府が策定した2017 Innovation and Skills Planの一部です。Innovation and Skills Plan策定の目的として「カナダを世界有数のイノベーションの中心地とし、高賃金の雇用を創出し、中産階級の強化・成長に貢献する」ことが定められており、目的制定の経緯として「成長する経済の恩恵を受けるのはすべての人でなければならない」と記されています。
その目的達成のため、義務教育では取りこぼされがちな社会的地位の低い層(先住民、黒人、地方住民など)へのアプローチに力を入れています。CanCodeではもともと社会的地位の低いグループに対する支援を重視していましたが、2021年からの追加投資CanCode3.0では、その比重を特に高めています。
2) 教師育成
プログラミング・情報教育を義務教育に取り入れるうえでの教師育成は日本でも同様の課題となっています。
CanCodeが継続的に支援している民間事業例
■ Actua
先住民、黒人、障害を持つ若者、地方在住者など、社会から取りこぼされがちな6~26歳の若者にデジタルリテラシーの機会を包括的かつ公平に提供。また、幼稚園から高校までの教師向けに、教室における公平性、多様性、包括性の推進に焦点を当てたデジタルスキルのトレーニングも行っています。
■ Science North
オンタリオ州北部の先住民族と農村部在住者に、コーディングとデジタルスキルのトレーニングを実施。デジタルスキルの職場における実際の応用に焦点を当て、キャリアの機会に関する知識を高めることが期待されています。
日本のデジタル人材育成の現状
では日本はどうでしょうか。皆さんご存じの通り、デジタル人材へのニーズも急速に高まっていますが、供給が追い付いていません。
76%の企業がDX人材不足を感じており(IPA「DX白書2021」)、2030年にはデジタル人材が45万人不足するという試算もあります(みずほ情報総研株式会社,IT人材需給に関する調査,2019年)。
IMD世界デジタルスキルランキング2022では、日本は64か国中29位にランクインし、国際的に見ても遅れていると言えるでしょう(※ カナダは10位です)。
こうした状況に対し、日本のデジタル庁はすべての国民がスキルを習得するための環境整備を以下のように推進しています。
プログラミング教育の必修化とそれに伴う教師確保・育成の効果が見受けられます。しかしその一方で現場では、「教師が授業の準備の時間を十分にとれていない」「研修の参加時間にばらつきがある」「GIGAスクールの対応(全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み)で忙しく、プログラミング教育が後手に回っている」といった教師・授業の質に関わる問題も発生しているようです(みんなのコード「プログラミング教育実態調査」2021年)。
ここで、「全ての国民の」デジタルリテラシーの向上、デジタル「専門」人材の育成、というデジタル庁が掲げている目標を分解してみましょう。
この2つを達成するためには、1人ひとりの習熟度に応じた個別的な学習がより必要になってくるのです。そのため、より細かいニーズに対応できる民間の支援を拡大することは、政府が掲げた目標達成に役立つのではないか、と僕たちは思っています。
日本版CanCodeの導入を!
カナダ同様、日本でも民間の取り組みが広がっています。「細かいニーズに対応できる」以外の民間の最大の強みは、IT企業やエンジニアといったよりハイスキルな人材が参画することができ、学校現場で起こっている授業の質の低下の問題がおきにくいこと、より実践的なIT・プログラミング体験を可能にできるところです。
もちろん、人を育てることは教師の本分で、エンジニアが取って代われないものはあるものの、実務を知っているからこそ提供できる知識や将来のキャリアに通じる話ができるという良さもあります。デジタル「専門人材」育成という目標を達成するためにも、デジタル専門人材が中心となった民間の取り組みは欠かせないのではないでしょうか。
また、非営利団体の中には無料で学びの場を提供しているケースもあり、貧困家庭や学校に居場所がない子どもたちがプログラミングにまずはアクセスすることに特化しています。
日本では7人に1人の子どもが相対的貧困にあるといわれ、経済格差が学力・学歴格差、ひいては雇用格差に繋がる構造があります。こうした子どもたちが、将来的に必須となるITリテラシーを身につけ、需要の高まるIT人材になれるような環境は、従来の学習支援に即急に追加されなければいけない部分ではないでしょうか。
以下が、現在日本で提供されている民間の無料プログラミング学習支援です。
■ 10代が無料で自由に使えるテック拠点
NPO法人みんなのコードさんが運営している「コンピュータクラブハウス」。10代であれば誰でも無料で、テクノロジーに触れることができる拠点です。
3Dプリンターやレーザーカッター、高性能PCからロボットまで自由に使うことができます。現在は、加賀市、金沢市、須崎市の3拠点で運営されています。
■ 女子学生向けのプログラミング教育「Waffle Camp」
男子学生向けに実施したつもりはなくとも、公募をして集まるのが男子だけになってしまうという傾向は、日本だけでなく、海外でも課題となっています。女子限定にして、意図的に女子学生が参加しやすい支援の形を実施しているのが、NPO法人Waffleさんが運営している「Waffle Camp」や「Technovation Girls」です。
■ 困難を抱える高校生向けのプログラミング教育
手前味噌になってしまいますが、弊団体CLACKが実施している支援も広げる意義は大きいと自負しています。経済的困窮をはじめとした様々な困難を抱える高校生を対象とした3ヶ月間の無料プログラミング学習支援とキャリア支援「Tech Runway」を実施しており、現在は、大阪市・堺市・品川区の3拠点で運営しています。
他にも7〜17歳を対象としたプログラミング道場「Coder 道場」といった支援もあります。また、小学生向けが中心ですが、企業が社会貢献としてプログラミング講座を実施する動きも増えています。
日本版CanCodeの予算はどこから持ってくるか
そうはいっても、予算はどこから持ってくるんだ!とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんので、いくつか調達可能そうな予算源を調べてみました。
文科省の予算は限られているため、最初の数年は、以下の3つを活用すればいいのではないかと考えています。
1)「人への投資」の予算
人への投資とは、従業員のリスキリングや賃上げ、職場環境の改善などを通じて、企業が従業員の働きやすさや働きがいを高めること。人材を「コスト」ではなく「資本」と捉えて投資することで企業価値を向上させるためのものです。
「人への投資」の施策パッケージに対して、岸田政権は5年間で1兆円の予算を計上しています。
とあります。そう、どうやら「学び直し」が人の資本価値を高める施策として前面に押し出されているのです。
僕の意見としては、注目されているリスキング(今現在社会に出ている人のデジタル人材への移行)も必要な一方、10代の公教育ではうまくサポートしずらい層に対して日本版CanCodeを通じて民間団体へ支援を行うことも大事なのではないか、ということです。
下の図で、「新たな施策対応が特に必要」だが、「小中高等学校における情報教育」でカバーしきれていない部分。貧困層~平均年収層の子どもたちにゼロから集中してIT教育を行うCLACKのような団体では「その他ビジネスパーソン」レベルの知識を獲得できるところまで人材を育成しています。
高いレベルの子どもたちを対象とした民間団体では「DX推進人材」を育成出来るでしょう。民間の団体への投資によって赤い部分の学生を増やすことができれば、「教育の質が担保されていない学校教育を受け、大人になってリスキングをする」という流れをこの先何十年もする必要はなくなると考えられます。
2) デジタル田園都市国家構想
デジタル田園都市国家構想とは端的に言うと、地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていくことで、世界とつながる「デジタル田園都市国家構想」を実現しよう!というものです。
2022年6月に閣議決定された「デジタル田園都市国家構想基本方針」に基づき、デジタル実装の前提となる3つの取組(①デジタル田園都市国家構想を支えるハード・ソフトのデジタル基盤整備、 ②デジタル人材の育成・確保、③誰一人取り残されないための取組)を強力に推進するとともに、 デジタルの力を活用して、地方の社会課題の解決・魅力向上の取組を加速化させることを目的としています。
「地方を都市の差をデジタルで解決する」という目標達成のためにも、地方でのデジタル人材育成の文脈として、民間のプログラミング教育を行っている団体を支援してみてはどうかと思っています。
現時点でも「夏のDigi田甲子園」という、地方公共団体を対象として、デジタル技術の活用により、 地域の課題を解決している取組を総理が表彰するという取り組みがあるなど、地方の課題解決と地方のIT技術の向上を繋げようとの試みが見られます。
3) 休眠預金
休眠預金は「2009年1月1日以降の取引から10年以上、その後の取引のない預金等(休眠預金等)を社会課題の解決や民間公益活動の促進のために活用する」制度です。2019年から活用されはじめ、2022年度は約56億円の予算が計上されています。
終わりに
日本でも子ども向けの民間プログラミング教育支援は広がってきています。しかしながら、予算の制限により十分な運営側の人数が確保できていないため、単発で終わってしまったり、本当に困窮している子どもに情報が届かなかったりというのが現状です。
生まれ育った環境に関係なく、子どもたちがデジタルに親しむ機会を担保すること。学びたいと願い始めた子が、更に学ぶための場所を確保し、デジタル人材を確実に逃さないようにすること。この2つが、これからの社会を支えていく若者の一定以上のデジタルスキルの保有という日本の生存戦略にもなるのではないでしょうか。
目の前の生徒のために、そして日本全体の未来のために。CLACKはこれからも尽力していく所存ですので、この「民間のプログラミング教育と日本」というテーマについて皆さんとこれからも議論・実行していけますと幸いです!
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