絶対的アレンジが必要なケース

僕には珍しく、おかず(フィルイン)がテーマです。

覚えたてのフレーズを新曲についついねじ込んでしまう、という全くもって強引な作業が行われたであろう作品を客観的に山ほど観てきたにもかかわらず、自分も潜在的に最近いいなと思っているフレーズを、どこかに入れる場所はないかと探していたことに気がつくことがあります。

大体はいろいろ試したのち、然るべき場所に形を変えてハメ込んで一件落着…となるのですが、もっと数曲単位、セットリストやアルバムなどの流れで見ていくと、どうもそのマイブームに支配されてる感じがしてしまうような時も。

それ自体は全然いいのですが、そこに聴いている人がクドさを覚えてしまうと、飽きられるのは非常に早いです。自意識過剰な可能性もありますが、それは自分が納得できるものを作るという観点から、主観でいいです。

この時、俯瞰的な視点から似たりよったりな部分をとりあえず除外し、考え直すというのが、この件における「相対的なアレンジ」と定義します。

ところがすぐにこのやり方に飛びつくと、失敗するパターンが多いように感じます。なぜなら「これはさっきやったから」「あの曲で使ったから」は、変更する理由にはあまりならないからです。

芸人さんでいう「天丼」が効果的な曲もありますし、微妙な変化で場面の展開を感じさせる手法もあります。
何よりも、「本当にそれでいいのか」ということよりも、「変えたからオッケー」となりがちです。

意外とこの問題はシビアで、何度も同じおかずを入れるのが吉と出るか凶とでるかは、紙一重なんでしょうね。というか、聴く人によって違ってきてしまうでしょう。メンバー内でも意見の割れそうなテーマです。

この事で煮詰まった時、引き出しも大事ですが、音楽力が試されます。周りの音や歌詞などに注目して、例えば、勢いを出す、殺す、自分が目立つ、一歩引く、このあとのキメを匂わせる、意表を突く、など、この場所に必要な要素は何なのかを徹底的に考えます。

着地点が何かのパロディでもいいし、何もしないという選択肢もアリでしょう。この場所にはこのフレーズがあるべきだよね、この曲たらしめる要素はこれだよね、と思わせたら勝ちです。

それが絶対的なアレンジであり、フィーリングだけでやっていると聞き流されてしまうようなところに違った風が吹いたり、歌がスッと入ってくるように演出したり、一つの曲に物語が収斂していく感覚を味わえます。アンサンブルの中の自分の居場所が確立したような実感が持てるので、演奏も自然とノれてくるでしょう。

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